アフリカ人道活動にブレーキ、予測された見殺し?仏人ジェルマノー氏の殺害予測できず?
医者が駆けつけてきてジェルマノー氏の家のブザーをならしたが返事がなく、「電話を貸してくれと私の家に来た事で、ジェルマノー氏が心臓が悪かったことを知ったのです」と隣家の婦人はわたし(筆者)に話した。
「いつごろのことですか?」と訪ねると「最後にアフリカに出発するずっと以前のことでした」と答えている。
フランス人でジェルマノー氏は定年退職後になってアフリカへ人道支援の活動で子供達のために学校を建設しようと自分の健康を省みずに出かけた。同氏をそれまでに掻き立てたものはなんであったのか?
フランス人ミッシェル・ジェルマノー氏(78)の死は「予測された見殺し」ではなかったのか?中世の面影をとどめるパリ南近郊のエッソンヌ県の7000人ほどの小都市マルクウシィの街を歩いていて、ふとそう思った。
過激派イスラム・マグレブ諸国のアルカーイダ(AQMI)に誘拐されたのは4月19日。ジェルマノー氏は4月10日頃にこの村からアフリカへ向けて出発したのだと、同氏の隣家の婦人はわたしに語った。
フランス政府は人道支援の活動でアフリカや中東諸国へ出かけて人質や捕虜になった者の救助支援に消極的な発表をしてきた最近の動向の中で今回の事件は起っている。
メディサン・サン・フロンチェー(国境無き医師団MSF)の創立者でもあるベルナール・クシュネル仏外務大臣は、世界人権宣言がなされたパリのトラカデロ広場でその記念日にラマ・ヤッド人権担当相(外務省の人権関係国家書記官。現スポーツ担当閣外相)に対し、「人権だけでは政治はできない」と発言して、自分が創った人権担当相の職をフランス政府から失くしてしまった。
ジャーナリストや旅行者が中東やアフリカ諸国でアルカイダ系テロリストに誘拐されて人質になる度に身代金を要求され人命救助に多大な資金と労力を必要とすることにフランス政府は困惑しているようだ。サハラ砂漠の危険な地域にジャーナリストや旅行者が行かなければ問題は起きないとして、渡航禁止を推奨している。しかしその土地に軍隊だけが行くようになれば、さらに危険な地域になるに違いない。民衆次元での交流がもっともっと必要だろう。軍隊による鎮圧と和平には後で多くの祟りが残るようだ。
ジェルマノー氏は4月19日にアルカーイダ(AQMI)に誘拐された。そらから3ヶ月が過ぎるまでフランス政府からの解放の手は差し伸べられなかった。先週初めにモーリタニア軍隊がアルジェリア国境近くのマリ領サハラに拠点をつくっていた過激派イスラム・マグレブ諸国のアルカーイダ(AQMI)を襲撃する作戦に出た。フランス政府筋からの情報だとして、このモーリタニア軍隊の作戦に、ジェルマノー氏の解放のために20人から30人ほどのフランス軍人が参戦したと報道された。しかしモーリタニアの外務大臣は、たしかに電子機器の技術的な支援をフランス軍から受けたが、フランス軍人の参戦は一人もなかったとしてフランス側の主張を一部修正撤回している。
またモーリタニア軍の目的はフランス人捕虜の解放にはなかったとのモーリタニア政府の主張も、フランスの国営放送で報道されていた。しかし25日夜の中東の衛星テレビ局アルジャジーラは、ジェルマノー氏の殺害はフランス軍のモーリタニア軍支援に対する報復措置だとして殺害したことを放映した。殺害の予定では、もしフランスが、モーリタニア政府などに捕虜になっているアルカイダ兵士の釈放に手を打たない場合にはジェルマノー氏を26日に射殺するとの宣告があった。25日、外務省からはアルカイダからの具体的な捕虜釈放要求をフランス政府は正式に受け取って無いとの宣言があった。
サルコジ大統領はジェルマノー氏の死亡を認めずに、26日朝になって閣議の後に死亡宣言を出し、アフリカサハラからのフランス人の撤退と渡航を控えるよう推奨した。このことは同時にアフリカ諸国や中東への市民次元での人道活動や人権支援にブレーキがかけられることになる。またジャーナリストの行かなくなった場合、軍隊とアルカイダの戦いを誰が正しく伝え、住民の犠牲者を誰が救援するのかという問題が危惧される。
フランスの人々の間には多くの疑問が横たわったようだ。一つは3ヶ月の間にわたり、政府は人権支援の活動で捉えられたフランス人ミッシェル・ジェルマノー氏(78)をどのようにして救い出そうとしてきたのかという疑問がある。アフガニスタンで210日もすでに捕虜になっている2人ののジャーナリスト(テレビ局A3)のメディアでの広報支援もようやく1ヶ月前から話題にされて騒ぎ出されてきた。ジェルマノー氏の場合には、高齢で病気を持っていたのであったが、つい最近の殺されるまで?ほとんど忘れ去られていた。
ジェルマノー氏の殺害がいつなされたのかは重要だ。仏軍の襲撃(23日)の報復としてなされたというのなら、モーリタニア軍がアルカイダを襲撃した直後であって、殺害宣告予定日(7月26日)の直前でもあり、殺害の危険性が最も高い。そんな時期になってどうしてモーリタニア軍に仏軍が支援参戦しなければならなかったのかという疑問が起きる。ジェルマノー氏殺害の帰結は十分に予想されたわけだ。フランス軍の行動はこの彼の死を予測できなかったのだろうか?
【関連記事】
アルカイダ人質のジェルマノー氏追悼集会、仏の小さな町マルクウシィで400人が参列
http://www.janjanblog.com/archives/10671
アルカーイダ人質ジェルマノー氏が殺害、モーリタニア軍に仏軍加担が引き金か?
http://www.janjanblog.com/archives/10370
社会や経済や政治のシステムが行き詰まり世界中で大きな危機に苛まれているのは、それを行う人間の思想や宗教が狂ってきているからだ。また、人間の持つ思想・宗教・哲学の是非を指摘することを近代の学問や科学が意識的に拒否し回避してしまったその責任は大きい。どんな精密な化学も学問もわれわれの世界のイデオロギーからは無縁ではいられない。ここに介在する誤りを批判できずに、逆に容認する思想が蔓延することで天変地夭(てんぺんちよう)の後には、今度は自然災害を越えた飢饉疫厲(ききんえきれい)が続くことになってきた。宗教・哲学の是非を論ずることもなくまたその認識もなく、どこでもなんでも神社・仏閣など宗教施設なら参拝して、「鎮護国家」「世界平和」を祈願すれば助かるというのは大きな誤りだ。これでは残念ながら、人々の生活を再び破壊させさらに苦しませる原因を深めることに加担するようなものである。
「TOBITAのフランス旅日記」http://franettese.blogspot.com/
もご覧ください。






