《国民主権》を考える~千葉大臣の発言から~

〔写真A〕 撮影・三上英次 以下同じ
木々の間を通して遠くに見える分譲マンション風の建物〔写真A〕を見て、すぐにぴんと来る人は、相当な建物オタクかもしれない。
それはさておき、下の写真は、去る6月20日、横浜駅前の街頭演説に現れた千葉景子法務大臣である。この直後に、まさか千葉大臣自身が参院選で落選することになるとは、誰も思わなかっただろう。

中央のグリーンのスーツ女性が、千葉景子法務大臣。
落選もさることながら、もっと予想外のできごとが、千葉大臣による死刑執行命令書への署名、そして死刑執行への立会い(7月28日)に違いない。聞くところによると、現職法務大臣の死刑執行への立会いは初めてであるという。
どういう政治的意図かは知らないが、もともと死刑廃止論(死刑反対)を唱えていたご婦人が、おそらく数メートルほどの距離で、死刑囚の首に縄が掛けられ、床が割れ、2人の死刑囚が首釣り状態になって絶命する様子を間近に見たのである。「果たしてPTSDにならないか」と余計な心配もしてしまうが、さらに意外だったのは大臣が、東京拘置所〔写真A〕にある刑場を報道機関に対して公開するよう指示したということだ。
刑場を「公開」することで、国民の間にも死刑論議を巻き起こしたい、広く国民的議論を…という趣旨なのだろうが、問題は、「誰に刑場を公開するのか」ということだ。
◇
この国の主権者は、国民である。商店街のお蕎麦屋さん、バスの運転手さん、満員電車に揺られるサラリーマン、うら若き幼稚園の先生、退職して趣味の庭いじりをしている男性、毎日スーパーのチラシを見ながら値段のチェックをしている専業主婦の女性、予期せずして会社倒産の憂き目に遭い今は職安通いをしているお父さん――こうした人、すべてが、この国の主権者だ。総理大臣や最高裁長官、警察庁長官、各省の事務次官や国会議員らは行政・司法・立法に従事する官吏、「全体の奉仕者」(憲法15条)であり、彼らは、「国民主権」を謳う「憲法を尊重し擁護する義務」(憲法99条)を負っている。
大日本帝国憲法の成立(明治22年発布)から敗戦まで、この国の主権は、〈天皇〉にあった。それが新憲法によって、「主権が国民に存する」と高らかに宣言されたのである。
だが、本当に、私たち一人ひとりの国民は主権者たり得ているだろうか。
どう考えても道理に合わないことについて、裁判所に救済を求めても1審から最高裁までことごとく訴えを却下されたり、警察幹部が裏金作りに精を出す中で無実の人間が警察に冤罪をでっちあげられたり〔注1〕、事件発生から49年、名張事件のように、80歳を過ぎてもなお自由を奪われ、再審を求める声が届かなかったりする〔注2〕。原爆症や水俣病などの救済は何十年も遅れ、あるいは「飯塚事件」(1992年)のように、一貫して容疑を否認しても最高裁で死刑確定(2006年9月)、その後再審請求の準備中に死刑執行(2008年10月)されてしまう例もある。
立法に関しては、大企業に損のないように巧みに法整備がされる〔注3〕。つまり、〈主権者〉である国民がないがしろにされたまま、日本では政治が行われているということだ。
そのことを象徴しているのが、「刑場を報道機関に公開せよ」という千葉大臣の指示ではないだろうか――。

東京拘置所のへいは、高さ約5メートルほどはあろうか。ポールの先には監視カメラが見える。
「おおやけの場所を報道機関に公開すれば足りる」という、この指示には〈主権者=国民〉という視点が欠落している。
どうして、ある職業の人たち(つまり報道機関)にだけ公開するのか?
どうして、国民に対してじかに公開しないのか?
例えば、寺院なども年に何日か期間を定めて、施設や収蔵物を広く一般人に公開している。それと同じように、国の施設、行政執行の現場などは、安全上の問題、プライバシーの問題に配慮しつつ、期間を定めて〈国民〉に公開するべきである。その理由は簡単だ。町を歩いているおじさん、おばさん、お兄さん、お姉さん…そうした市井(しせい)の人たち一人ひとりが、〈知る権利〉を有する「主権者」だからである。
「事業仕分け」なる政治的セレモニーがあった。もし本当に国家事業の無駄を白日の下にさらしたいという思いが、政(まつりごと)に携わる者の中にあるならば、毎年、期間や手続きを定めて、下記のような施設を国民(=主権者)に公開するようにしたらどうだろうか。それらの施設は、すべて国民からの“出資”(税金)により運営されているし、現場を見ることでわかることも少なくない。
例えば、大手自動車メーカーの新車開発室は、国民(=主権者)に公開する必要はない。新車開発は一企業によるもので、「営業上の秘密」があるからだ。同様に、時の総理大臣の私邸(例 麻生太郎氏)も公道から覗き見る程度は自由だが(それでも公安の転び公妨に遭うおそれはある)、総理大臣には毎年期間を定めて「私邸」を公開する義務は無い。また、イルカ漁で注目を集める漁村も、漁そのものは公的な施策とは違うから、特に「おおやけにする」必要は無い。
しかし、下の例1から例6のようなものは、すべて国(公共)の施設である。多くの外国人が築地市場に見学に出向いてせりに支障が出たように、刑場をあまりに公開するあまり、そのために刑の執行日が限られて支障が出るようではいけない。だが、刑場そのものを見て、人は自らの思想を新たに鍛え直すことができる。単に、「管理上の規則で公開しないことになっている」とか「安全上の問題」とか、そういった理由だけで、主権者を締め出す権限は、官吏の側には本来は無いはずだ。
例えば、明治憲法下では、おそらく主権者(天皇)は、どこかの施設を視察に行きたいと言えば、容易に行けたであろう。もちろん当時にあっては天皇自身への警備上の問題、現代にあっては(主権者への警備の問題は無くとも)施設安全管理上の問題は当然ある。国賓の訪日3日前に、「訪日反対」を叫ぶ市民らを迎賓館の見学に招くというのはリスクが高い。けれども、憲法で「残酷な刑罰」の禁止(憲法36条)が規定されている中で、どうして主権者たる国民に「刑場」を公開できないのだろうか。「国会議事堂」の見学が出来、「裁判所」の見学も出来るのなら、行政機関としての「刑場」も(種々の条件をクリアーした上で)国民(主権者)に公開されて然るべきではないだろうか。

東京拘置所の正面ゲート。敷地内での撮影は不可だが、公道上からの撮影はできる。
さて、国民(主権者)に公開してもらいたい施設をピックアップしてみた。
例1 迎賓館
ホテルで稼働率が問題視されるように、迎賓館の稼働率も知りたいところだ。
例2 国会議員宿舎
国会見学や陳情に来る地方在住の主権者(国民)も泊まれるように、各宿舎とも適当な部屋数を常に予約制で開放してはどうだろうか。本当は、迎賓館も「主権者(国民)のための宿泊期間」を設けて欲しいものである。
例3 首相官邸
首相交代の際には、官邸も「リフォーム」をする。次の首相が入居する前の1週間程度、国民(主権者)による見学期間があったら、政治に対する関心ももっと高まるだろう。但しテロリストは見学不可。
例4 御用邸
現在、那須、葉山、須崎の3ケ所に御用邸(天皇、皇族のための別荘)がある。
例5 宮内庁病院
地方自治体によっては公的病院が閉鎖に追い込まれている中で、ニュースなどで聞く「宮内庁病院」とは、どのような設備を備えているのか、大いに興味がわく。
例6 東京拘置所内刑場
実は東京拘置所敷地内には法務省職員のための宿舎があり、職員とその家族は、拘置所正門から自由に敷地内に入ることが出来る。現在、新しい職員宿舎が敷地内に建築されているところだ。
◇
こうした公共施設への見学手順がきちんと決められているかどうか。平日の限られた時間であっても、制度上、国の施設を主権者たる国民が実際に見ることができるか。即ち、国民に対して〈知る権利〉がどこまで(最大限に)保障されているか――これを見れば、その国の《国民主権》の度合いがわかるというものだ。「きまりで、見学はできないことになっている」――つまり、「制度上、主権者がシャットアウトされている」ような国では、本当の意味での《国民主権》はあり得ない。
(了)

こちらから見ると「拘置所」という雰囲気がよく伝わってくる。
〈関連記事〉
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〈関連サイト〉
◎迎賓館
毎年、おもに夏季に一般参観が行われている。
http://www8.cao.go.jp/geihinkan/index.html
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pen5362@yahoo.co.jp (三上英次/現代報道フォーラム)

