米国のトップダウン『ジパング 第37巻』

本書(かわぐち かいじ『ジパング 第37巻』講談社、2008年10月23日発売)は「モーニング」で連載していたマンガの単行本である。太平洋戦争の時代にタイムスリップした海上自衛隊のイージス艦「みらい」を中心とした架空戦記である。「みらい」に救助されることで未来を知った帝国海軍通信参謀・草加拓海は米国に先駆けて原子爆弾を開発した。草加は開発した原爆を戦艦大和に搭載し、反乱により大和を乗っ取る。これに対し、角松洋介率いる「みらい」は原爆の使用を阻止しようと立ち向かう。

前巻では「みらい」側と草加側との戦いを軸に展開した。これに対し、この巻では草加が自衛官の戦死者の遺体を角松に引き渡すなど、両者の激突は弛緩している。肯定的に評価するならば敵への敬意を忘れない武士道精神になるが、殺し合いの最中のやり取りは物語の緊迫感を損なうことも事実である。

その代わり、この巻では米軍が戦略的に動き出す。大和と「みらい」の不審な動きはホワイトハウスにまで報告された。フランクリン・D・ルーズベルト大統領は大国の指導者に相応しい斬新な決断を下した。そして、その決断を実行するためにハリー・カーネル少佐に全権を委ねた。

ここには良くも悪くも世界をリードする超大国アメリカの健全なトップダウンが見られる。本書中のルーズベルト大統領は決して独裁者ではない。大統領の決断は部下の発言を聞いた後で行っている。また、決断も大まかな方針だけを示し、具体的な方法は部下に上申させている。根本的な戦略はトップダウンであるが、具体的な手順についてはボトムアップである。

先ず、大和と「みらい」の交戦という不審な動きをホワイトハウスにまで報告する。ここでは現場レベルで握り潰さずに最高司令官の判断を仰ごうとしている。

そして意思決定は大統領が行う。幕僚は「軍には不得手で、実行は困難」と抵抗するが、大統領は「意思決定は下された」と押し切る。一方、大統領は方針だけを決めて、実現するための方法は部下に任せる。ここには意思決定するトップと、それを実行する部下という明確な役割分担がある。

これが日本では上手く機能しそうにはない。政治家が意思決定しても、官僚が実現段階で骨抜きにしてしまう。面従腹背である。それを防ぐためにはリーダーが自ら細部まで具体的に規定しなければならない。この結果、トップダウン型のリーダーは全てに渡って自分好みで押し付けなければ気が済まない独裁者と化してしまう。組織は窮屈になり、創造性は発揮されない。リーダー自身も細部にエネルギーを使い果たし、中途半端な改革で終わってしまいがちである。

日本では「指導者がリーダーシップを発揮できるようにリーダーの権限を強化しよう」という類の短絡的な主張がされることがある。しかし、多様な価値観を否定し、反対者や少数者を異物として排除する独裁者型のリーダーシップは米国的ではなく、むしろ特殊日本的集団主義と親和性がある。

本作品の設定では自衛艦「みらい」が南米エクアドルに派遣された途上で嵐に巻き込まれ、タイムスリップした。南米は伝統的にアメリカが裏庭とみなしていた地域で、モンロー宣言に代表されるように旧大陸の国家が南米に干渉することをアメリカは嫌う。

いくらアメリカにとって日本がポチと呼ぶべき都合の良い友好国であるとしても、南米への派兵を容認することは伝統的なアメリカ像からは考えにくい。それが実現するほどにアメリカが弱体化しているというのが本作品の設定なのであろう。実際問題としてアメリカの弱体化は単なる空想ではなく、近未来の予測として現実感を有している。

一方、太平洋戦争時代のアメリカはタイムスリップした「みらい」に直面することで、本来のアメリカが有しているリーダーシップを発揮した。「みらい」は日本だけでなく、アメリカをも大きく変えていくのではないか。そのような展開も期待させる巻であった。

林田力記者のプロフィール

東急不動産消費者契約法違反訴訟を描いたノンフィクション『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』(ロゴス社、2009年)の著者です。

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