沖縄から再び記事を書く 辺野古の今!

 ネット新聞としてのJANJANが終わって4ヶ月以上が経った。筆者は、これまで170本以上の記事を投稿をしてきた。最後の記事は沖縄から書いた。そして、今、再び沖縄に戻り、新たに記事を投稿する。沖縄といえば、もっともホットなトピックは、未だ解決の目途が立たない普天間基地移設問題である。

 結局のところ、日本側が当初案通り、辺野古に滑走路を埋め立てにより建設すると譲歩、それを日米で正式に合意するという無様な結果に終わったが、その後、沖縄での反発が以前にも増して広がったため社民党が連立離脱、首相が辞任、政権党の民主党は参院選で議席を大幅に減らした。政局は混乱し、その実現が非常に不透明な状況になったのだ。

辺野古浜の海兵隊訓練所との境界線 島々の連なる辺りが滑走路建設予定地

 さて、筆者は、再び辺野古の地に着いた。そこで、新基地建設の反対運動をしている方々と再会、現在の状況をきいた。

新基地反対運動の拠点、辺野古浜の座り込みテント村

辺野古浜の新基地反対座り込みテント村

 目下のところ、辺野古のある沖縄県名護市で、もっともホットなトピックは、9月12日に投票予定の名護市市議選である。現状は、基地建設推進派と反対派が議席配分で伯仲しているので、何とか反対派の過半数を目指しているという。

 反対派の主張は、沖縄への基地負担の押しつけはよくない、環境破壊の元凶となるというものだが、推進派は地元経済の活性化につながるというのが主要意見である。だが、この推進派の意見には、かなりの無理があると反対派の人々は指摘する。それは1997年以来、代替施設としての辺野古案が決まり、その見返りに名護市には800億円以上の資金が振興策として国から投入されたが、市の経済は良くなるどころか、悪化の一途を辿ったのである。失業率は増大、生活保護世帯は倍増、企業倒産は増え、商店街はシャッター街化していったという事実が、そのことを証明している。

 振興策資金の多くは、公民館などの施設の建設に投入された。その公共事業のため、多くの建設業者が従事したが、施設が出来上がった後に仕事はなくなり、果ては倒産となった。出来た施設は、その後、有効活用されることなく、維持・管理費がかさみ市の財政を圧迫した。

 そういうこともあってか、今年1月の名護市の市長選では、基地反対派の稲嶺進氏が勝利する結果となった。しかしながら、不思議なことに新基地建設予定地に最も近い辺野古区は建設に賛成だという。

 ところが、現地の辺野古区の人々にきくと、辺野古区民1500人ほどの賛成を代弁しているはずの行政委員会メンバー18人の意志決定は、決して民主的な手続きを経たものではないと指摘する。その18人の意志決定のプロセスが、とても密室的だと不満を漏らしている。

 ただ、この地では、反対だけども、声に出せない人々もいる。どうせ、国が決めたことだから逆らえないだろうと諦めるもの、反対したがため、後に基地が建設された後に村八分になるのではないかと恐れるもの、そのほか、軍用地代の収入を受け取っている人たちは、そのことを負い目に感じているため反対できないという。また、未だに新基地が地元経済を活性化させるだろうという幻想も強い。生活や自然環境に与えるダメージは推進派にとっては眼中にない。

賛成派の人々の事務所に貼られた紙

基地建設推進派事務所の貼り紙

 この問題を書き続けてきた筆者の立場からすれば、地方自治体への負担の押しつけ問題として、ことの矮小化をしている日本国政府に元凶があると結論づけたい。そもそも、これは日本国国家の主権の問題でもある。新基地建設というのは、米国の常駐部隊のみが使用する軍事基地の建設のことである。あくまで米国の国益のみのために使用される基地だ。それを国民の税金を使って建設する計画だ。

 実際のところ、日本国にも日本国民にもメリットはなく、むしろデメリットが大きいことだという事実を知らなければならない。次回の記事では是非とも、このことについて述べたいと思う。

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関連サイト

辺野古浜通信

海形マサシ記者のプロフィール

生まれは福岡で米国サンフランシスコ州立大学国際関係学部卒業。現在、東京を中心に翻訳・通訳、フリーライター(小説を含む)の仕事をしている。
ブログ:http://masagata.exblog.jp/

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