カルシュの見た日本各地 (8) 永平寺

永平寺 承陽殿 道元禅師の墓1926年

永平寺 大講堂法堂1926年
カルシュが禅そのものに最初から大きな関心を寄せてかどうかわからないが、シュタイナー思想に通じるものを親友で後に東京大学教授を務めた長屋喜一からいろいろ学んでいた。1926年にカルシュ一行は大山寺を訪れたその足を福井に延ばし、さらに著名な永平寺を訪れた。こうしてここで、自らの眼前で展開される禅の修行を目の当たりにしたことが、禅に大きく興味をもった理由になろうか。三方を山に囲まれ、老木を従えた永平寺は道元禅師により鎌倉時代の寛元2年(1244年)年に開かれた。最近、老木が突然枯れて倒れ建造物を破壊したことを耳にした。鎌倉鶴ヶ岡八幡宮の老木も同様に枯れたことを思い出した。

永平寺 大講堂法堂1926年
ここは山号を吉祥山と称する曹洞宗大本山の寺院である。カルシュは道元禅師の墓が納められている承陽殿の写真を残している。本尊は釈迦如来・弥勒仏・阿弥陀如来である。この寺は曹洞宗の修行道場であり、回廊で七堂伽藍と大小70棟余りの堂閣が結ばれている巨大な建造物である。横浜の總持寺とならんで日本の曹洞宗の中心寺院である。波の荒いこの地に静かに瞑想できる環境の不思議さを感じたのであろう。そして、多田教授と鈴木医師との旅のさなか三国港付近の景色と相俟って、ここ永平寺で、生の因縁、生き方、人生に対する態度がシュタイナーを信奉するカルシュ夫妻が自らの信条のどこかに通じるものを見たからであろう。

永平寺 大講堂法堂1926年
筆者自身もかつて大学院生だった頃、横浜市鶴の見に住んでいたときに何度か総持寺を訪ねたことがあったが、何かと禅に対して縁があり、それがまたカルシュと因縁に連なっているのを今にして感じる。門前の通りでは家族と散歩し、美しい音色の鐘を買い求めた。カルシュ夫妻のカトリックの信仰心とは別に、宗教心に対する心持ちの寛容さが一連の行動を自然に思わせる。筆者はこの時期に一乗谷朝倉氏遺跡を訪ね、そして日本一古い天守閣をもつという「一筆啓上火の用心」ゆかりの丸岡城を訪れているが、カルシュはどうであったろうか。
東京医科歯科大学 保健衛生学研究科教授です。専門は医用生体工学、医療福祉遠隔システム工学です。実際に脳低温制御の自動化システムおよびユーザが特別なソフトウエアと費用を必要としない福祉通信システムの開発・実用化を行っています。

