柔道事故シンポジウム〔1〕 ~武道必修化を前に~

 

 「全国柔道事故被害者の会」による第3回シンポジウム〈柔道事故の撲滅を願う〉が、大阪で参加者約100名を集めて開催された。 

 冒頭、同会の小林泰彦会長があいさつに立ったが、言葉の端々からは、いっこうに無くならない柔道事故への無念さがにじんだ。 

 「子どもたちの命を守る、防げるはずの死亡事故をなくしたい――行動するなら、2012年からの武道必修化の前でなければ、子どもたちを死から守れない、そう思って会を立ち上げたのに、事故がいまだになくなりません…。昨年6月に第1回、9月に第2回のシンポジウムを開催して来ましたが、シンポジウムのたびに、『実は、最近また柔道事故で……子どもが亡くなりました』、『どこどこで……こういう事故が起きました』と、死亡事故や重大な事故について報告しなければならないのが残念です。」 

会場となった大阪市生涯学習センター(阿倍野)の講堂は、100名余りの参加者でいっぱいになった。テレビ局のカメラをはじめ報道関係者の姿も数多く見られた。(撮影・三上英次 以下同じ)

 「全日本柔道連盟(全柔連)も、文部科学省も、……安全対策をやってはいるのです。しかし、死亡事故が無くならない……」 

 小林会長は、前回インタヴュー(下記〈関連記事〉参照)で語ったように、科学的な原因分析の無いままに対策を立てることや、インスタントでの“指導者”育成の危険性について語った。今回のシンポジウムは、数えて3回目だが、毎回、現職の教員から次のような声が会場で配られるアンケートに記入されるのだという。 

 「私は柔道の経験がありません。講習会などで実技の指導を受けて有段者になりました。けれども、受け身をどうやって取ればいいか、わかりません。こんな私が柔道を教えるのが、こわいです。こういうことは、私の学校の体育科の教員全員がそうなのです。」 

休憩時間にも、メディアの取材を受ける小林会長。当初6家族から立ち上げた「全国柔道事故被害者の会」だが、いまは〈武道必修化〉のありかたとともに、柔道事故や柔道の指導方法について、社会的な関心が高まっている。それでも小林会長は言う、「私たちは柔道を非難しているのではない、子どもたちの命を守りたいだけだ」

 昨年9月に柔道の世界選手権が東京で開かれたが、おもな国の柔道関係者に「あなたの国の死者数は? 重症者の様子は?」と小林会長が尋ねたところ、どの国の柔道関係者も、一様に驚いたという――「どうして、Judoで子どもたちが死ぬのか?」 

 小林会長が、日本での柔道死亡事故についてデータを提供すると、逆に「日本は信じられない、本当なのか?」と、どの国の関係者も絶句したらしい。「むこうの人たちは、こちらからの死亡者数を問いかける、その質問の意味すら、わからないのです、最初はお互いに話がかみ合いませんでした…」 

 但し、小林会長は逆にそこから光を見出す。「2012年からは、公立中学での〈武道必修化〉が始まる、だとしたら、いま一歩踏み出さないとダメだ。諸外国で柔道の死亡事故ゼロが可能なら、日本でだってできるはず――私は強くそう思いました。」 

 小林会長は、シンポジウムの終わりで、会の運営が、それぞれの家族の手弁当であること、各家族は、実際には子どもの介護を抱えていたり、裁判を抱えていたり…で、中々前に進むにも困難があることを訴えたが、今回も全柔連医科学委員会副委員長の二村雄次氏が名古屋から参加したり、柔道関係者が個人で数多く来場したりするなど、会の発足以来、草の根レベルでの連携が進んでいることがうかがえた。

 

   ◇◆◇常識となりつつある《加速損傷》の危険性◇◆◇ 

 続いて、本職(公立病院脳神経外科部長)のかたわら、日本体育協会スポーツドクターや神奈川県アマチュアボクシング医事委員会委員長、神奈川県体育協会医科学委員会委員なども務める野地雅人医師から「コンタクトスポーツと脳損傷」と題して講演があった。 

 野地医師は、《加速損傷》(注:頭部の高速回転によって固い頭蓋骨と内側のやわらかい脳のずれが生じ、ふたつを結ぶ橋静脈(きょうじょうみゃく)の破損により硬膜下血腫などが引き起こされる現象)についてわかりやすく解説するとともに、安全性を高めるための、後方支援病院との協力関係の確立や、安全講習会の開催を訴え、脳損傷事故の予防策として、「どれだけ、脳しんとうに指導者が注意を払えるかが、何より大事」と参加者らに呼びかけた。 

 野地氏によれば、アメリカンフットボールでも、1970年代に死亡事故が多発したという。その後「脳しんとうへの分析・解明」、「脳しんとうに至らないための討議」が重ねられて、「1990年代には、ほぼ死亡事故がゼロになった」とのことである。 

 「経験のみでなく、スポーツ医学的根拠にもとづいた理論的指導が指導者には必要」――そう言って野地医師は講演をしめくくった。スライドでも、柔道における《加速損傷》の危険性について取り上げられていたので、今後は柔道界でも、《加速損傷》について「知らなかった」、「頭を打っていないから大丈夫だ…」といった弁明は難しくなることが予想される。 

野地医師の講演では「柔道における加速損傷」ということで、柔道でも加速損傷による事故が起き得ることが説明された。ボクシングをはじめコンタクトスポーツにおいて《加速損傷》が危険因子として注目される中、柔道界においても、その方面の研究は急務だ。

 専門知識はもちろんのこと、「選手の命を何としても守ろう」という強い責任感を感じさせる講演に続いて、3人の家族(死亡事故2例、意識障害1例)からの報告あったが、そこで紹介されたのは、意識を失っている生徒を覚せいさせようと平手打ちし続けたり、体調の悪い生徒を武道場に残してそのまま帰宅したり、生徒の体調不良に注意を払わず誰も救急車を呼ぶことすらしない、一部の柔道指導者の現状であった。《加速損傷》は、野地医師の話を聞くかぎりでは、すでにスポーツ界の常識になりつつあることが感じられたが、報告された3例からは、一部の柔道指導者らの医学知識に関する無知、安全管理への意識の低さがうかがえ、会場は、ため息ともどよめきともつかぬ、何とも重苦しい空気に包まれた。(注:村川弘美さんの報告や提言については、第1回シンポジウム記事を参照のこと。高瀬典子さん、田中由起子さんの報告については、このあとの連載〔2〕と〔3〕で全文掲載予定である)

   

   ◇◆◇諸外国との比較◇◆◇ 

 重苦しい3家族の報告のあと、村川義弘副会長による「柔道事故は防げる~欧米における事例と安全対策~」の発表があった。 

 まず冒頭で、新聞報道されている「柔道事故はほとんどが部活動中で、授業中のものは無い」といった発言に村川氏は苦言を呈した。もとの発言は、全柔連教育普及委員会の委員でもある、田中裕之氏(東京都八王子市立打越中学校校長)の次の発言である。 

 「亡くなるケースのほとんどは部活動中の事故。授業に柔道を取り入れている学校で、死亡事故はない」(2010年11月18日付中日新聞) 

 それに対して、村川副会長は次のように言う。 

 「内田講師がまとめた、学校での柔道事故による死亡者のデータを具体的に見ていくと、110名あまりの死亡事故のうち、全体の約12%、14名は授業中での事故です。重大な後遺症の残った事故261件を見ると、77人、全体の約30%が、学校の授業中に事故に遭っているのです。」 

 事実、記者のそばで講演を聴いていた、千葉県から参加の田中義之さんの場合も、息子さん(義章さん、当時16歳)が柔道の授業中の事故とその後の学校の不手際(救急車要請の遅れ)で亡くなったケースだ。特に、全柔連の教育普及委員会委員とか、公立中学校校長といった役職での発言は、より一層の慎重さが求められることは言うまでもないだろう。 

 村川氏は、続いてフランス、ドイツ、イギリス、カナダ、オーストラリア、アメリカ等で、死亡事故が近年起きていないことを指摘し、「もし、柔道そのものが危険であるならば、諸外国でも同じように死亡事故が起きているはずです」と、日本での柔道指導のあり方に疑問を投げかける。 

 村川氏の発表によれば、フランスでは柔道指導者になるための資格制度が厳格であったり、カナダでは脳しんとうを起こした後の「復帰マニュアル」が6段階に分けて安全に十分考慮して定められていたり、さらにはイギリスでの「虐待防止のためのガイドライン」では、「試合における勝利の価値を過大に子どもたちに求めることも虐待である」とされる等、諸外国の子どもの安全に配慮した制度や考え方が紹介された。 

 では、今後、日本ではどうすればよいのか――。 

 村川氏は、(1)柔道指導者への厳格な資格制度(注:フランスでは柔道指導者の資格が、国家資格になっているとのことである)(2)「柔道の安全」に特化したガイドラインの作成、及び、(1)(2)が現場で実際に守られること等を挙げた。 

 さて、村川氏がわざわざ2つの安全策と、それが「現場できちんと守られること」までを言及したが、シンポジウムでは、「現場」でのある重大な問題も紹介された。それは、柔道事故に関して、「組織的に事実が隠蔽されてしまう」ことがあるというのだ。

 ある柔道事故について、警察関係者が、こう語ったという。

 「全部、口裏を合わせて(事故に関する情報が)つぶされている――。でも、あれは、まちがいなくクロだ!」

 その警察関係者のくやしさを裏づけるように、「事故が起きると、教育委員会が、仕事として事実をねじまげてしまう」といった発言も会場では聞かれた。このことは、柔道に限らず、「いじめ」や「自殺」のケースでも、ふだん私たちが耳にすることでもある。 

 「日本では、柔道で死亡事故が起きても、誰も責任を取らない、実はそこに深い闇がある」――この言葉も、会場で聞かれた、ある真理をついたひとことである。

3年半前の柔道事故以来、遷延性意識障害のまま現在に至る、高瀬啓太さんもシンポジウムに参加した。左は、啓太さんの高校の担任・山田先生。啓太さんは、中学時代、大阪府下でベスト3に入るなど、柔道の大好きな少年だったという。

   ◇◆◇40年前にすでに明らかになっていた《加速損傷》◇◆◇ 

 約3時間半のシンポジウム閉会にあたり、村川副会長から、約40年前――つまり愛知教育大学の内田講師がデータを取り始めたはるか前――に息子が柔道事故に遭い、以来、遷延性意識障害の息子の介護を続ける、ある父親について紹介があった。 

 父親は、学校側の責任をめぐって、最近のいくつかの事故と同じく提訴する。しかし、1977年、第一審で原告敗訴、続く高裁(1984年9月)でも、学校側の過失は認定されず、控訴棄却の憂き目に遭う。 

 その裁判の過程を詳しく聞くうちに、村川副会長は非常に驚いたという。 

 「裁判の中で、たとえ頭を打たなくても、硬膜下血腫になるということが、はっきり言われているのです。言葉は使われていなくても、柔道事故の実態として、《加速損傷》の存在がすでに、40年前にわかっていたということを私はその時知りました」

 すでに40年前に《加速損傷》の危険性を、国(行政側)が知っていた――それはどういうことなのだろうか。村川副会長は続けて説明する。

 「…どういうことかと言いますと、当時、柔道で頭を打ったことが事故の原因だと主張されるご家族に対して、国が反証として出してきたのがサルの実験データなのです。実験では、サルを回転式のイスに座らせてグルグルと高速で回すようなことをして、その結果、頭部を打たなくても硬膜下血腫が発症することを実験で証明して、そのことで『柔道で頭を打った事が硬膜下血腫が発症した原因だとは断定できない』などという、とんでもない論法で被告の行政側は反論して来たのです。

 この、〈頭を打たなくても硬膜下血腫が発症するというサルの実験〉こそが多くの子どもたちの命を奪った《加速損傷》のメカニズムなのです。――言いかえれば、40年間、国は危険な《加速損傷》の具体的な実験結果を知りながら、その危険性を放置して来たということです。だからこそ、最近の27年間だけで、110人もの子どもたちが死に、26年間で261名もの子どもたちが障がい者になっているのです!」 

 村川副会長は、そう言って、柔道事故の原因追究をしてこなかった、誰も刑事責任などの責任を問われることなく、年月のみ虚しく過ぎて来た日本の現状に怒りの声をあげた。それはまったくその通りで、フランス、ドイツ、イギリス、アメリカ、カナダ、オーストラリア等、柔道の主要国が、最近の柔道死亡事故が〈ゼロ〉であることに比べて、過去2年(2009年~2010年)だけでも11名もの子どもたちが命を落としているのだ。「放置される柔道事故」への怒りは、当然である。 

 シンポジウムの最後に、村川副会長は、約40年前の事故から息子の介護を続けて来た父親の無念の言葉を紹介し、シンポジウム締めくくった。 

 「田畑(でんばた)を売りはらって、すべてをなくして、最後に残ったものは、もの言わぬ子どもだけでした――」

 (了)

 

質疑応答の時間に質問に立つ二村雄次氏。二村氏は、愛知県がんセンター総長、全柔連ドクターを務め、同時に名古屋大学柔道部師範でもある。医学界においては胆管がんの世界的権威として知られる。シンポジウム後に各柔道事故遺族にあたたかい言葉をかけていたのが印象的であった。

 〈関連サイト〉

◎「全国柔道事故被害者の会」

 http://judojiko.net/ 

◎ 「全国柔道事故被害者の会」副会長村川氏のブログ

 小林会長は、第3回シンポジウムでも福島の須賀川第一中学での柔道事故で、校長や教育委員会の要職を務める者が、事故のあともずっと地位にとどまり続けたことのおかしさを口にした。同時に、記者とのインタヴューでは「事故の関係者が利害を超えて連携すること」も立派な責任の取り方であると語っている。

 そのことを思い返しながら帰京すると、村川副会長が、「滋賀県下のすべての教育委員会、すべての中学校、柔道部のあるすべての高校」に案内を送ったが、滋賀県下の教育機関からの参加は、「愛荘町長、愛荘町教育長、秦荘中学校長」も含めて前日までで参加の申し込み「ゼロ」と書いているのを目にした。

 立場上、自分が出席できなくても、シンポジウムの告知をして、一人でも多くの体育科教員に参加するよう勧めることも、立派な責任の果たし方ではないのだろうか。

 「事故を遺憾に思います」「再発防止に向けて一層の努力をする所存です」――何かあるたびに、学校関係者は深々と頭を下げてその場では一定の決まり文句を述べるが、滋賀県愛荘町の場合は、それがいかに〈おもてむきのポーズ〉であり、〈猿芝居〉であるか、村川氏のブログが雄弁に語っている。

 http://judojiko.blog58.fc2.com/ 

◎当日関西から参加した柔道愛好家のブログ

 そこには「このシンポジウムの事を知っていた人間が、講道館大阪の関係者の中に果たして何人いただろうか…?」という問いかけが見える。

 今回のシンポジウムでも、小林会長はじめ遺族の方々は、みな口を揃えて「柔道を非難しているのではない」、「子どもたちの命を守るために」と言っている。今回は、全柔連医科学委員会副委員長の二村雄次氏が名古屋から出席されたが、全柔連も組織として「全国柔道事故被害者の会」と手を携えれば、教育現場での柔道事故はもっと減らせるはずだ。聞くところによると、昨年12月、30代のある柔道指導者の起訴/不起訴をめぐって、全国から5万6千筆の「不起訴」を求める署名が集められたという。これなどは、どう考えても〈組織の力〉を想像せざるを得ないが、同様に、今回のようなシンポジウムにも、全柔連に対して積極的な連携・協力を強く期待する。おそらくは、そういう姿勢こそが、柔道を創始した嘉納治五郎の説く「精力善用」「自他共栄」なのではないだろうか――。

 http://blog.livedoor.jp/kitanobujin/archives/51598315.html

 

 〈関連記事〉

◎第3回シンポジウムに向けて、小林会長に聞く

 http://www.janjanblog.com/archives/28547

◎「柔道事故」に関する、村川弘美さんの提言

 http://www.janjanblog.com/archives/6104

◎野地医師による《加速損傷》に関する説明(第1回シンポジウム)

 http://www.janjanblog.com/archives/5779

  

 〈裁判日程〉

 2007(平成19)年7月、高瀬啓太さん(当時、金光大阪高校1年生)は、柔道の講習会に参加し、模範演技後に頭痛を訴え、会場に駆けつけた母親典子さんの119番通報で病院に運ばれた。しかし、急性硬膜下血腫を発症、今も意識不明の状態が続いている。昨年(2010年)6月、高瀬さん家族は、「安全配慮を怠った」として、金光(こんこう)大阪高校(大阪府高槻市)を経営する学校法人・関西金光学園、それに大阪府柔道連盟や全日本柔道連盟などを相手に損害賠償を求める裁判を起こした。その第3回口頭弁論と裁判報告会が下記の日程で行われる。

  ~第3回口頭弁論~

 〔日 時〕 2011年1月21日(金) 13時15分から

   ※第4回は3月4日、第5回は4月15日が予定されている(同時間帯)。

 〔法 廷〕 大阪地方裁判所 第809号法廷

 〔報告会〕 裁判終了後、弁護士会館510号室にて。 

  

 

※本記事に対するご意見・お問い合わせは下記まで。

pen5362@yahoo.co.jp (三上英次/現代報道フォーラム)

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