臨時災害放送局・いしのまき災害エフエムを訪問して
ラジオ石巻は阪神・淡路大震災を契機に、災害時の地域情報発信を目的として設立されたコミュニティラジオ局である。1997年5月28日から放送を開始し、主な視聴範囲は石巻市と東松島市。大人から子供まであらゆる視聴層に向けた放送を24時間行っている。5月27日、私はラジオ石巻を訪問し、局長の鈴木孝也さんに東日本大震災以降のお話を伺った。
3月11日の東日本大震災発生直後から、ラジオ石巻は災害放送として被災状況の報告に務めていた。しかし同日20時頃に停電。以後日和山公園にある送信所と演奏所を結ぶ回線になんらかの不具合が発生し、放送は中断してしまった。送信所への道は冠水しており、自衛隊の車に連れられて送信所に到着。送信所に仮設スタジオを作り、放送を再開したのは13日の昼頃。中断から一日半が経過していた。その後は石巻市役所内にも仮設スタジオを設置し、2ヶ所から放送を行った。4月には局内スタジオからの放送が再開したので送信所のスタジオを畳み、市役所と局内の2ヶ所からの放送にシフトした。
災害放送の内容についても伺った。被災直後はネットなどを通じて寄せられた各地の被災状況や救援要請に関する情報が主体であった。住民の避難が進むにつれて、内容は住民の安否報告に変わった。ラジオ局のロビー、日和山公園、市役所に安否情報を記入する紙を設置し、その用紙の内容と、避難所の避難者名簿を読み上げる事に殆どの時間を割いたという。更に日数が経過すると死亡者名簿の読み上げやガス・水道・道路の復旧状況の報告に変わった。ラジオで聞き漏らした情報に関する問い合わせの電話も多く、それらにも答えていった。
現状抱えている問題について伺うと、資金繰りが苦しいという。臨時災害放送局として稼働している間は広告放送を挟む事ができない。つまり広告収入を得る事が出来ないのである。臨時災害放送局各局の要望により、4月から通常放送も挟む事が出来るようになったものの、そもそものスポンサーとなる企業が、被災によって広告費に資金を割く事が出来ないという実状がある。
またその他にも、視聴範囲内であっても山間部が難視聴地域である事、取材を行って震災の記録を残すべきだと考えている一方で、人手が足らずにそれが出来ない事など、いしのまき災害エフエムは多くの課題を抱えている。災害時に地域の情報発信拠点として大きく貢献したコミュニティFM局だが、現状ではラジオ局側に大きな負担を掛ける状態となっていた。それでも鈴木局長は、臨時災害放送局はまだまだ地域に必要なものであり、2年は続けていきたいと語った。
阿部昂也(学生による被災地支援の市民メディアプロジェクト)


