「反貧困ネットワークあいち」結成総会開かれる

5月30日、名古屋市の南部の繁華街、金山にある司法書士会館で、
「反貧困ネットワークあいち」結成総会が開催されました。      

『反貧困ネットワークあいち結成大会』の会場の様子。

『反貧困ネットワークあいち結成大会』の会場の様子。

 

この「反貧困ネットワークあいち」は、ここ数年、愛知で展開されてきた      

反貧困全国キャラバン
派遣切り抗議集会
各地の派遣村派遣村交流集会」      

などの流れの結果として結成されることになったもので、
それ以前に名古屋に存在していた
反貧困名古屋ネットワーク」とは、微妙に異なるものですが、参加者の多くが関わっています。      

東京の反貧困ネットワークのほか、広島、仙台など、全国で反貧困活動が立ち上がるなか、名古屋はやや後発となりますが、ここ数年、愛知県各地で開催されていた派遣村などの活動で忙しく、やることがたくさんあったため、結成が送れた模様です。      

結成集会当日は、200人ほどの人が会場にあつまっていました。
会場には、政党関係から、小さな団体、個人で活動している人まで、名古屋の市民活動界隈でみかける人が大勢集まっており、なんだか「市民活動界隈オールスターズ」の様相を呈しています。      

会場では、反貧困ネットワーク結成に至る経緯の説明、規約案の説明、活動内容の説明、役員の選出などが行われました。
この過程にかなりの時間がかけられており、少々まわりくどく、なんだかNPO法人の設立総会のようになっていました。
実際に選出される役員などは事前の協議で「内内に」決まっており、特に大きな変化もなく議事が進みます。
この「内々に決まっているのですが」ということが、議事進行の時に普通に話されている点が、なんだか牧歌的です。      

役員の選出の際に「役員は特定の団体に利益誘導するのではなくて、ネットワーク全体に奉仕する人を選出します」というようなことを説明しているのが印象的です。
これは、ごくあたりまえのことだと思いますが、強調されている点に、なんだか微妙なものも感じました。
参加している市民活動の人たちの中には、名前が掲載されることで「新しい潮流にのりおくれないように」という政治もあるでしょうし、
実際に、いろいろな人に声をかけて、ということもあったでしょうし、
役員の所属している団体の名前が載る、ということ自体が、その団体の利益になっている、ということも十分考えられるわけですから、
なにをさして「特定の団体への利益誘導」と考えるか、というのは、突き詰めて考えると、微妙なところなのではないかと思います。      

「反貧困ネットワークあいち」では…      

個人参加・参加費は1000円。免除制度あり。
会員と賛助会員がある。
会員は議決権がある。
会員はMLに参加できる。
部会ごとにもMLを作る。
来年の3月~5月のあいだくらいに「反貧困フェスタ」を開催する。
      

ということのようです。
MLがいくつもある、というのは、なんだか混乱のもとのような気もしますが、複数作るようです。      

活動方針には、いろいろな分野のことが盛り込まれていますが、かなり広範囲にわたっており、
すべてを実現できるわけではなさそうです。
この点は、主催者のほうでも十分に認識されている点のようで、
あくまで方針であって、どこまで実際に取り組めるかはわからない、ということも説明されていました。
分課会ごとの活動次第のようです。      

そのあとの質疑応答では、活動方針に「こどもの貧困」をいれたほうがよいのではないか、ということで、
会場では熱心な議論がされていました。     

共同代表の内河恵一弁護士。

共同代表の内河恵一弁護士。

 

●『こどもの貧困』は、実は深刻な問題ではないだろうか?      

「こどもの貧困」について、筆者としては少し思うところがあるので書きます。
以下は、会場の議論を聞いての筆者の意見です。      

「ごどもの貧困」というと、数ある貧困の一分野のように考えられがちですが、
私は、もっとも重要な課題の一つではないか、と考えています。      

人間、誰でも子供時代というものがある訳ですが、
生まれた家庭が貧困であるか裕福であるかということで、その子供の選択肢の幅は確実に変化します。
当然、貧困であるほうが選択肢は少なく、より苦労が予想されます。
もっとも如実に影響が出るのは「学歴」の部分です。      

「学校を出ずに貧困から身を立てた」成功者の話は、昔から数多いわけですが、その話をクローズアップする場合、
下記の二つの視点が欠けていることがおおいです。      

・その「成功者」の子供時代と現代では、世の中全体の「豊かさ・雇用状況」に違いがあることを失念している。
・特別な努力をした人、能力をもった、幸運に恵まれた人の成功例は、平均的な人には意味が無い。      

昔は高卒で働く人も多かったのですが、いまは大学進学率も上がり、高卒の人は少なくなっています。
そして、社会のほうも、自動化やデジタル化、PC化が進んだ結果、早く社会に出て現場経験を積んだほうが有利、という職人社会のような仕事は少なくなっています。
(それが顕著なのは写真業界・印刷業界です)
さらに社会全体の景気も悪化して長引いており、大卒でも住み込み派遣で働く人が増えています。
そのような中で、数少ない仕事を、高卒者ゆ中卒者と大卒者が争った場合、学歴が低いほうは不利になりやすいです。      

特に大学に進学する場合、いわゆる「苦学生」は、かなり厳しい状態にあるといわざるおえません。
たとえ奨学金を借りたとしても、生活費は別にかかり、その生活費を十分に稼ぐのは仕事不足の社会では困難です。
さらには、奨学金を借りて大学を卒業しても、返済のための就職が成立する確立は「ひとむかしまえ」の時代よりも、数段低くなっています。      

そうして、貧困家庭の子供は学校への進学をあきらめ、早く社会に出るものの、そのために賃金が有利になることはないばかりか
「ひとむかしまえ」よりも不安定な状態に陥り、その子供もまた同じような選択を迫られる…という「貧困の再生産」が発生しているように思います。      

もちろん、この「こどもの貧困」は、貧困を生むほかの要因(シングルマザー、障害、難病、マイノリティ、など)と合併症を発生して、より状況は厳しくなっていきます。      

例えば、生活保護家庭の子供は、大学に進学すると、世帯分離をされて生活保護が打ち切られます。
親の仕送りが無い場合、大学の授業料と生活費を両方稼ぎながら、大学に通わなければなりません。
これは、普通では無理です。
授業料は特待生になれば免除されますし、奨学金制度もありますが、その場合、成績の維持も重要になってきますが、生活費を稼ぎながらそれを達成するのは、なかなか大変なのではないでしょうか?
もちろん、そのような「困難の多い」状況でも、クリアする人は、少しはいると思いますが、多くの人には困難な道ではないでしょうか?
そのようなハードな状況を突破できる、ごく限られた人しか、生活保護家庭から大学に進学できる人がいない、というのは、どうにも不平等すぎる社会のように思います。      

なによりも、そのような困難な前途を見て、社会に出たことが無い高校生の心から「大学に行こうという気持ちがなくなる」ことのほうが、影響は、大きいように思います。
なんだか、長々と感想を書いてしまいましたが、会場でのやりとりを見ていて、
議論に参加している人たちの多くから(弁護士や○○書士や何かの先生が多い?)、
このような「子供の貧困再生産スパイラル」の、ニッチもサッチもいかない状況について、理解をされている人が、どれだけいるのだろうか?
ということに、非常に強い疑問を持ったので、書くことにしました。      

とはいえ、今日日、大卒でも住み込み派遣で切られまくりの人は、多いので、
大学に行くことが、即効性のある貧困対策にはならないとは、思いますが、
その「住み込み派遣で切られた人」と話をしていると、
大学進学をせずに働いている人達の、行かなかった理由が「勉強が好きではない・大学に興味が無かった・大学のほかにやりたいことがあった」
というわけでも、なさそうだぞ、ということは、日々痛感していることです。      

**      

かくして「子どもの貧困」についての議論のあと「反貧困ネットワークあいち」は無事に結成されました。
会場には、高校無償化からはずされた朝鮮学校の生徒の人たちもアピールに来ていました。      

結成のあと、記念講演が行われました。 

       

記念講演をする名古屋大学の和田肇教授。

記念講演をする名古屋大学の和田肇教授。

 

●名古屋大学の和田肇さんの話。「セーフティーネットとしての労働」
私はドイツの労働問題などを研究しているのですが、
ドイツと日本の失業者は随分違います。
日本に比べてドイツの失業者は明るいです。
失業保険の支給期間も長く、職業訓練などがよく整備されているからです。  

日本の場合、失業者の70%が何も手当てを受けていません。
雇用保険に入れる人が少なく、失業給付の支給期間が短いことが原因です。
45歳以上の人で、20年勤務して、最長330日です。     

デンマークの場合は、4年の保障があります。
これでも短くなっていて、昔は7年でした。
ドイツでも3年の保障期間があります。
この期間に、職業訓練を組み合わせて再就職を計るわけです。        

日本の「非典型雇用・非正規雇用」は、30%ほどになっています。
ここまで増えると、すでに「非典型」ではありません。
欧米でも多くなっていますが、社会保険、賃金などの面では、
非正規雇用だからといって、著しく低いわけではありませんが、
日本の非正規雇用は、賃金がかなり低いことが特徴です。
そして、賃金が低いにも関わらず、労働時間が長くなっています。
労働組合のおおくも、こん点をあまり問題視していないことも問題です。        

最近の日本では、労災の数は減っています。
昭和40年代には年間1万件だったものが、最近では2000件ほどになっています。
そのかわり、過労死、過労自殺などが増えています。
過労死などは、そのまま「カローシ」として国際的に通じてしまうほど、日本に特徴的な事例です。        

労働相談の内容もかわってきており、俗に言うハラスメント行為、セクハラ、パワハラなどの行為が増えています。        

日本で雇用機会均等法などが整備されたときには、結果として、女子の深夜労働が強化されるような事態になりました。
ドイツでは、女子だけ深夜労働が規制されるのはおかしい、という議論が出ると同時に、
全ての労働者にとって、深夜労働はよくないことなので規制すべきだ、ということになりました。
このあたりに対応に違いに、日本の労働現場の問題がでてきていると思います。        

ヨーロッパなどでは、長期の休暇をとる人も多いです。
休む人がいると、その休む人の仕事を職場でカバーする必要があります。
日本の企業の多くは、そのようなカバーができないので、有給休暇を普通にとることも難しくなっています。        

デンマークは、雇用の流動性が強い社会で、1年間に、1/4の人が職を変わります。
ですが、失業保険が4年あるので、なんとかなるのです。
日本は、その受け皿となる失業保険が少ないのに、流動化しつつあります。        

雇用の流動化をしていく必要があるということは、日本でも、多くの知識人が言っていました。
ですが、その人たちの言っていることが、10年前と同じかどうか、という点には、大きな疑問が残ります。        

派遣労働の増加は、人間を雇用のバッファの緩衝材にしており、大変問題です。
おおくの場合、派遣労働は、人間を雇用する契約ではなくて、商品管理のひとつとして扱われています。
ところが、派遣労働などへの規制を強めると、企業が消極化して、雇用が冷え込む、という話をする知識人がいますが、
これはまったく根拠のない話です。
実際に、日本の多くの企業は雇用の規制とは関係なく、海外に進出しています。        

昔、労働組合運動が強かった頃は、一人の労働者が死んだら溶鉱炉が止まりました。
溶鉱炉は、一度止めると大変なことになりますが、止まりました。
いまのトヨタの工場で、労災で誰かが死んだとしても、工場は止まらないのではないかと思います。        

派遣労働には強い規制が必要です。
全てなくすことは問題もあると思いますが、現在のように気軽に安価で使える状態にしておくのは間違っています。
派遣労働は、通常雇用よりも高くつくものにしてゆく必要があります。        

日本のセーフティネットは貧相すぎます。
生活保護だけでなく、雇用保険、職業訓練などを増やして、再チャレンジできるしくみを作らないと、
トランポリン社会は実現しません。        

新しい政権には期待していましたが、失望もしました。
ですがこれは、私達市民の側の責任でもあります。
政権が変わっただけで、何かがかわるわけは、ありません。
これからも、反貧困ネットワークなどの活動をもっと活発にしてゆく必要があります。        

関連リンク:        

反貧困ネットワークあいち
http://hanhinkon-aichi.net/
反貧困ネットワークあいちに向けて
http://hanhinkon-aichi.seesaa.net/
生活保護世帯の子どもたちに大学進学の道をつくる会(仮称)
http://seihounivlife.tblog.jp/   

      

 

      

 

Esaman記者のプロフィール

インディーズ系メーデー中部。アースデイあいち・LOVE&ビンボー作戦本部。反貧困名古屋。生存組合。などで活動しています。
Chisitomare_Esamanihi

アイヌにまつわるQ&A
LOVE&ビンボー作戦本部
生存助け合いネットワーク(生存組合)
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CNN_Rainbow市民放送局

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【ご意見板】4 件の書き込みがあります

  1. 藤重典子    2010年 6月 8日 08:37

    ご紹介と様々な角度からの問題の検討、興味深く読ませていただきました。
    日本はまだいわゆる「先進国」なのかもしれませんが、そこで非正規雇用にある人の状況がヨーロッパなどと比べて深刻なのは、日本の人権感覚と関係あるのだろうと思いました。

  2. 小沢一郎    2010年 6月 8日 10:30

    間違えてはいけない!
    企業側のモラルの欠落、法というルールを守らない会社が悪いのであって、
    一概に派遣と云うもの悪いのでは無い。

    正規社員でも劣悪な環境で仕事をされている方々が存在する。
    是非、ご理解して頂きたい。

  3. 失業保険給付が4年もあったら、貧困はずいぶんと解消されることでしょう。期間を延ばそうとすると、必ず出てくる反対意見が、期間を延ばせば怠惰な人間を助長させるとと言う考え方である。ヨーロッパにも怠惰な人間はいるでしょう、しかしなぜ4年の期間が支持されているのか。日本とは根本的に異なる思想で政権が運用されているようである。
    日本で出される反対意見は、もひとつ事故責任論である。貧困は自己責任と言う考え方である。一方で憲法では、国は全ての日本人に「健康で文化的な生活」を保障しているが、財政の範囲内という縛りによって、行政裁量に全てが任せられている。
    官僚のほとんどは、数年間、米国留学をしている。そこでは自己責任論が主流である。貧乏なのはその人の責任だから、小さな政府だからと、援助は最小限にしている。民主党の大半の議員は、この米国流の新自由主義の信奉者と聞いている。
    ヨーロッパ型の大きな政府、あるいは修正資本主義にたいして、米国流の小さな政府、あるいは新自由主義的資本主義の違いと言われる。
    もっと分かりやすい言い方をすれば、ヨーロッパでは「富の源泉を人間」としている。だから常に完全雇用を目指す、また教育に力を入れて、付加価値のある労働力を目指している。
    一方で、米国は「富の源泉をカネ」としている。だからこそ、この20年近くの間に米ドル紙幣を10%以上も増発して、バブル崩壊を招いた。また小泉政権に働き掛けて、日本の郵貯残高を米国が運用できるように郵貯改革を迫った。
    日本もヨーロッパ型の政策を実行すべきである。1万とか2万とかのちまちまとした金額でなくて、子供がアルバイトをしなくても大学を卒業できるように、月15万円以上を支給すべきである。その子供たちが日本の富の源泉だから。日本がいくら金満国で1500兆円の個人金融資産があっても、いずれチャラになる。しかし、教育した人間の能力と言うのは、死なない限りは残り、子孫に延々と引き継がれる。この話と、勉強しない小中高大学生が多い話とは別問題です。

  4. かかる問題を議論する場合、何時も欠けているのが税負担である。
    ヨーロッパ型を目指すのであれば、給与の60から70%近い税金を負担する必要があろう。

    日本国民は、どの道を選択するのでしょうか。

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