がんばろうニッポンのウソ

先の1月14日、15日に行われた脱原発国際会議に、夫婦ふたりで行ってきました。といっても、ビンボー暇なしの夫婦なので、行けたのは日曜日の前半だけ。で、ちょっと気になることが有ったので、レポートしたいと思います。

日曜日の10時前、パシフィコ横浜に通じるみなとみらい駅に降り立つと、そこはまだ、時間が早いのか、ガラーンとしているのがちょっと寂しい・・・。でも、そのなかをチラホラと会場らしき方向に向かう人の流れができているので、無責任にその流れにそって会場(らしき)方向に歩いて行きます。

いったん、激寒の屋外に出てから脱原発国際会議の行われている建物に入るのですが、入り口を通過すると、そこは外の寒さを忘れるような熱気に包まれておりました!既往症にパニック障害を持つ筆者がちょっと引き気味になるほどの混雑具合です。

「あーよかった」なんてちょっと安心しながらチケットを買い、早速、手近の会場のドアを開けます。すると、そこではやっぱり熱心に話す舞台の方々とこれまた熱心に聞き入っている聴衆のみなさんの構図が目の前に広がり、かなり圧倒されてしまいましたです。

さて、今回の自分のお目当ては、六ケ所村の花とハーブの里だったり上関町祝島の上関原発反対運動の方々とナマでお会いすることだったりしたので、大きい会場のイベントはソコソコにして、幾つかのフロアにわかれている会場内をウロウロし始めました。エスカレータを上がって少し長い直線を進んでいくと、託児所があったり遊び場が設けてあったりで、あるいは、ゆっくり座ってお話するスペースなどなど、いろいろ工夫されているんだな~なんて、感心して眺めていると、そのちょうど後ろの少し狭い会場に、高校の学園祭よろしく、ちーさいブースがごちゃまんとひしめき合っています。そう、花とハーブさんも上関町さんたちもこの中にブースを出されていました。

筆者はまだ、どちらもおじゃましたことがなかったので、とりあえずご挨拶と幾つかの質問をしたのですが、それにしても、このブース群、いろいろな脱原発の方々がいて、面白かったです。放射線測定器を持ち込んで、実際に測定実演をされていらっしゃる方、有機農業の方々、笑って過ごせなかったのが、某アウトドアメーカーのライフジャケットになる児童用学習机座布団!ちょっと固めでしたけど、きっと役に立つと思いました。でも、これって脱原発・・・?

ま、ともあれ、こんなごちゃ混ぜのブース群が結構、楽しくてついつい、長居してしまいました。ホントにいろんな方がいろんな形で原発を真剣に考えて、止めようと頑張っていらっしゃる。そのことに、だらだらサラリーマンをやりながら片手間で「脱原発っ!」なんて叫んでいる、自分が少し情けなくなってしまいました。

知らない間にはぐれてしまった妻を探しながら、展示物や会場を覗き込み、あーでもないこーでもないと思いをめぐらしツィートしていると、ちょっと気になる会場に引きずり込まれてしまいました。

『ふくしまダイアローグ ふくしまにある多様な声を聴き合います』
このセッションだけ、雰囲気が周りと違ったんです。5~6人の小グループに別れて出されたお題について、そのグループで15分ほど話しあう。そしてそれを発表するといったセッションでした。総勢で100名ほどはいらっしゃったでしょうか、全体としては結構な大人数だったのですが、皆さん、集中していらっしゃるのか、途中参加でもすんなり輪の中の一つに紛れ込むことができました。ワタシの輪には7名、ひとり進行役がいらっしゃり、遅れてきたワタシは、白いテープに名前と出身地を書き、それを胸に貼って、自己紹介と共にお話しに加わりました。
初めのうちは、フクシマで子供を疎開させる活動をされている男性一人だけが、いわゆるフクシマ関係者とばかり思っていたのですが、
「どうしてフクシマから避難しないのか」といった話題になったときに他の3名の方(胸には東京都か神奈川って書いてありました)が、
「実は私も避難してきたんですけど・・・」と打ち明けらました。明らかにフクシマから来たことを隠されているご様子なのが、とてもビックリ。現地の方々もみんな、現状のフクシマの放射能汚レベルが大変、危険なことは知っておられて、それでも避難しない理由は、先立つおカネが無いといった経済的な問題、そして今ある友人・知人と引き剥がされてしまうといったコミュニティ関係の問題といった2つに凝縮されるような印象をその時は持ちました。

今のフクシマでは、除染だの建築ラッシュだのといった土木関係の予算はジャブジャブの感がありますので、
「移住する費用等の経済的支援政策(賠償)を求めたらどうなのか?」といった問いかけに関しては、驚くべき返事が、異口同音に全員から返って来ました。
「そんなこと、口にできない。移住する費用を出せなんて言える雰囲気じゃない。俺たちがこんなに頑張っているのに、お前ら逃げるのか!って感じ」って皆さん、言い始めたのです!
かなり混乱しているワタシに、子供疎開活動をされている男性が、
『がんばろう日本』なんて、テレビでやってくれちゃってるから、がんばらないで逃げようなんて口に出来ないんですよ」っと一言。

残りの柏市の住民の方とワタシは、しばらく押し黙ってしまいました・・・。そして、
「なるべく被曝しないように、免疫力を高めるように、食事や生活には気を使っているんです・・・。」
「じゃあ、進んで人体実験に参加されるわけ?」
「そう言いたくないけど、そういうことにならざるを得ない・・・。」

「東京だってそんなに安全じゃないよ」って言えませんでした。

いまさらジャーナリズムの劣化やマスコミのミスリーディングをとやかく言っても始まりません。主体的に個人レベルで、まずは「がんばろう日本」キャンペーンではなく、「逃げ出そう、フクシマ」キャンペーンを始めなければイケマセン。その場で痛感しました。そして、幾つかのことを思い出してしまいました。

ある区議会議員(この区議は毎週のように日帰りで被災地の視察に行かれています)の方が、福岡の高校が被ばくを厭わず修学旅行で現地に行くことを賞賛されていました。また、脱原発国際会議のこのセッション会場にも「とにかくフクシマに来て欲しい」とおっしゃる方がいらっしゃり、「それは被ばくの危険を顧みずに来いということでしょうか?」と切り返されていました。

さて、他人に(被ばく)リスクを強制・強要するのは、この国の伝統でしょうか?

沖縄では、ひめゆりのお嬢さん方をはじめ民間人が戦闘に巻き込まれるリスクを顧みず、沖縄守備隊に死守・玉砕を強制・強要する。もちろん、民間人には一切、知らされていません。また、絶対に死ぬという自爆攻撃を、「神風」という美辞麗句に載せて若者たちに知覧から強制出撃させる。枚挙にいとまがない・・・。(注1)
共通しているのは、イデオロギーやスローガンで散々美化し、知らせるべきことを知らせず、騙して、ウソをついて、危険・リスクを覆い隠して、それをを他人に強制するといったやり方です。残念ながら戦後60年以上経っても、この国の人達はこの惨劇を生み出す思考体系から脱却できていない。こういった思考体系から抜け出さない限り、戦争もまた起きるし、原発もまた爆発する、惨劇は繰り返すような気がしました。
「もっと他人を尊重しなければいけないなぁー」と思いながら、モヤモヤとした気分を抱えて会場を後にしたのでした。
注1:この1年、たまたま、沖縄の具志頭、九州の知覧を旅する機会に恵まれ、思い出しました。もちろん、こういった事例は戦争以外にも、多数あると思います。
「良い記事」と思った!
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【ご意見板】22 件の書き込みがあります

  1. 納 壽一郎    2012年 2月 10日 18:31

    「がんばろう日本」は、日本固有の集団主義が発する「あおり文句」です。
    「がんばろう日本」は、無責任で残酷な「美辞麗句」です。
    がんばろうと言われても、為すすべのないのが現実です。
    だから、「がんばろう日本」は、単なる「知識や知恵の文言」です。
    今を生きるすべなら、今生きている限り、各人各様にあるはずです。
    だから、「今を生きよう」は、「智慧の文言」です。
    国策の立案・施行・実行には「知恵」だけではなく「智慧」も重要です。
    待ちの他律者だけではなく、今を生きようとする自律者にも、国策
    支援が必要です・・・みのりある人生の開幕を祈念して・・・合掌

  2. 「逃げる」という選択を、経済的理由で、したくてもできない人がほとんどですよね。
    放射能は目に見えないだけに、「頑張ればなんとかなる」と、無理にでも思い込まないと、
    辛すぎますね。
    また、自治体は、多くの住民が逃げ出すと、税収が減って、自治体として成り立たなくなりますから、引き止めるために「頑張ろう」キャンペーンをやるのですね。
    東電と政府は、「避難経費の補償」をしたら、会社は潰れるし、国の財政も更に苦しくなるから、やはり「頑張ろう」キャンペーンをやるわけです。
    「頑張ろう」キャンペーンには、そういう人権無視の人命無視の「合理的」な理由があるのです。
    本当に辛い不条理な現実です。

  3. 井上 純    2012年 2月 22日 15:34

     国家機関が、生き残りのために一般の人に対して暴力的な形で犠牲を強要させないためにも、社会の側が「逃げる自由」を担保しておくことが重要だと、佐藤 優さんが魚住 昭さんとの対談集「政権交代という幻想」(朝日新聞出版)でおっしゃっていました。

  4. 戦時下のひどい状態でも「集団疎開」で子供らの生命を国家は守った。

    政府にヤル気さえあれば疎開のシステムはつくれ、実行できる。

    低線量被曝の被害が今後 どれだけの規模で東北を中心に人体に顕れるのか不明な状況下、
    責任をとれないハンパな行政施策のままに、決定権を持たない子供達は現地に留め置かれている。

    5年、10年は近い未来だが、懸念される放射能汚染被害が現実のものとなって現れたとき、
    どう責任をとるのか、特に現役の政治、行政の執行権者は心すべき、である。

    子供を逃がすことくらい早くナントカせい!

  5. 何事も、国家、お上のせいにしなくてもいいのでは?
    危険からの回避は、個々人で考えればよいことです。

    原発を持った市町村は、リスクを承知の上で賛成したわけでしょう。
    最後まで自己責任で解決すべきでは?

  6. 地震や津波はオカミのせいではない。
    フクシマ原発のマーク1型は脆弱で、メーカーのGEでさえ安全性には「イマイチ」の評価だった。
    さらに、緊急時の電源を同じ建屋内につくった事実には 当のGEは疑問を投げかけていた。

    つまり、
    「安全神話」は、作為的だった、クリーンエネルギーはウソだった、経費節減は意図的カイザンだった、原発当事者関係者は仕事をしてなかった、ことになる。

    なのに、
    毎年、原子力予算は、「国策」として年間1500億円組まれていた(2500億円だったか?)し、
    未だに組まれている。

    少なくともわが法治国家では、
    他人の田畑、敷地、家屋、住環境等を汚染、き損させたならば、刑法上器物損壊罪等に該当、民事上は不法行為による原状回復、損害賠償が課される。
    原発事故は自然現象ではないから今後刑事責任等の追及がある。

    JKがいう、
    >自己責任で解決すべきでは?

    確かに2回も同じメに遭ったら、被害者本人にも落ち度があったことになる。
    (1回メは、相手が悪すぎた。・・・国や大手企業の信用は失墜した)

    そーうはなりたくないから、いま、反原発なんだよ、

    何処に住んでいても、今やノーテン気、ムカンケーレベルでは、決してナイ・

  7. ・・放射性物質は昨年の(以下転載)・・「3月、4月の一撃だけ」から「あちこちから来る放射性物質で、100年間繰り返し被曝する」という状態へと変わったことを示しています。
    つまり、放射性物質は100年は無くならないし、人の体を何回も通り過ぎてもその量は変わりません。
    つまり、1月の被曝量が規制値の10分の1でも、1年(12ヶ月)では規制値の1.2倍になってしまうという「繰り返し被曝」が発生するからです。
    初期の除染が大切なのはこれも心配だったからです。つまり、地面に降った放射性物質が土にしみこみ、そこからの放射線で被曝するばかりではなく、空気中に飛散したもので呼吸から内部被曝を受けます・・
    http://takedanet.com/2012/02/post_b805.html

  8. がんばろう!ではなく、我慢しよう!が妥当では?
    事故が起こってから、何だかんだ言ってもしょうがないよ。
    私たち日本人は、狭い国土に54基もの原発を作ったのですから。。。
    福島の原発村の人たちは、お気の毒様としかいえません。でも、被害者面するのは止めてもらいたい。特に誘致に積極的で賛成派の人は加害者でもあるのですからね。
    これから何百年と世界の中で放射能のもっとも高い国として生きていくのです。
    だから、我慢しよう!!!

  9. がんばろう!ではなく、我慢しよう!
    これから何百年続くかわからないけど、世界Ⅰ放射能の高いこの国に住むことを、我慢するしかないよね。
    原発を誘致した福島原子力村の皆さん、被災者面は止めてくださいね。誘致に反対し、村八部になった人たちが本当の被害者です。そうでない人は加害者の一人なんですからね。

  10. そもそも福島第一原発事故は、正に中曽根大震災による天罰だとすれば
    私たち日本人は、世界に対して被害者であると同時に加害者でもあるという
    認識を持たなくてはならないことは、当然のことだと思います。
    だとすれば、これまで原発推進を進めてきた国や財界、電力会社をはじめと
    する原子力村の皆様におかれましては、この期に及んで、想定外なんて言い訳
    ばかりして、原発再稼動をする道理は何処にも無い筈だし、将来は原発に頼る
    ことの無い社会を目指して、自らの命と引き換えに幾らでも事故の収束と後始末
    に責任を持って対処することが出来て当然のことですよね。
    国民全体としては、日本経済はもう幾らでも衰退し国際社会の中での存在感も喪失
    し、グローバル競争にも喜んで敗北しても大したことではないと思えば、皆で出来る
    範囲で、喜んで節電に協力したり、無駄な消費を抑制すると共に、そっと静かにお金
    を溜め込むと同時に、余裕が出てくれば、国に対して喜んで税金や社会保険等の負担
    に応じてあげればよいのだし、大企業に対しては幾らでも法人税を増税し電力料金も
    必要であれば幾らでも値上げして下さいと言ってあげると共に、少しでも利益に貢献
    してあげる様にすれば良いだけのことですよね。
    瓦礫の処理についても、皆で出来る範囲で受け容れてあげると同時に放射能の除染に
    も協力して、幾らでも共に分かち合う位のことは出来て当然ですよね。
    原発を誘致した福島原子力村の皆さんに対して、被災者面は止めて下さい等と言うのは
    一体、何処のお国の方なのか、さっぱり分かりませんね。
    逆に、そんなに怖いのなら、どうぞ日本からとっとと出て行けば良いのだし、それで
    勝手に暮らして行けなくなったら、幾らでも悲惨な目に遭えば良いだけのことですよね。
    そうでなければ、幾らでも福島の被災地に行って、幾らでも放射能を浴びて除染等に協力
    したり、わざと騙されたふりをして、放射能に汚染された農産物でも勝手に食べて、病気
    になって、勝手に死んで下さいとしか申し上げることは出来ませんよね。
    企業にしても、良心的な中堅企業や中小企業に対しては、幾らでも報われ、地道ながらも
    安定した収益が確保することによって、被災地の復興に繋がると同時に、地域経済の活性化
    によって、日本経済を支え合い、共に助け合い分かち合うことを通して、社会の安定化と
    地道ながらも安定したプラス成長と貿易黒字を維持しながら、廃棄物を幾らでも減らしな
    がら、再生可能な自然エネルギーや国内農林水産業をはじめ、介護や子育て等の社会福祉
    分野を中心にして、幾らでも雇用拡大に繋がることによって、資源や食糧などの輸入を減らし
    して行くことによって、これらの争奪戦を回避することが出来れば、此れほど喜ばしいこと
    は無いし、それが日本の国益となれば、同時にアメリカの国益となるばかりか中国やロシア
    をはじめ、韓国や北朝鮮の他、アジア太平洋地域全体の国々に留まらず、世界中の全ての
    国々にとっての国益に繋がることだけをすることによって、全人類が一つの絆となって、
    世界経済を支え合い、共に助け合い、分かち合うことを通じて、国際社会全体の平和と安定
    に寄与すると同時に、国際的な分業体制によって廃棄物を幾らでも減少させて、地球環境の
    破壊を食い止めることになるのなら、何も言うことは無いし、それによって日本が見直され
    て注目される存在となるならば、これだけを大いに誇りとすれば良いだけのことでは無いか
    と、つくづく感じるのですが、如何でしょうか。

  11. asa様のこんな長いコメントが掲載されるシステムであるならば、自分の記事についての私の最近の長いコメントが2度ほど、投稿したにもかかわらず画面に出てこなかった(再投稿したら、既に同じものが投稿されている、と出た)のはなぜなのだろう。運営委員会に問い合わせても返事がないし・・・。
    それはともか、asa様の長いコメントを二度読んでみましたが、「皮肉」が含まれているのかな?とか、理解に迷ってしまって、私としては「ノーコメント」ということで、失礼します。

  12. 原発事故は国民全体のセキニンとか、仕方ない容認しようとか、の「国民総ザンゲ論」があるが、終戦後の日本には、やはり戦争に対して一億総ざんげ論があった。
    「いまさら戦争について議論しても始まらないでしょうに。 あえて責任を問うなら当時の国民みんなに責任があるでしょ・・」云々だったか、

    しかし、こんにち、このアイマイさは、ドイツのように徹底して戦争責任を追及しなかった、いい加減な、テキトーな日本(人)として、世界の評価は低くナニかにつけて蔑まれたり、外国から揶揄されたりすることに、プライドある日本人ならば、先人の作為、不作為によって今日なお痛く恥じ入る次第である。
    つまり、ミソも○ソも一緒にするリクツ・・

    原発事故には、明確に、加害者と被害者がある。
    未だに原発推進を唱えるムラのシニアメンバー(以下に掲載、NHKへの抗議文書の末尾に掲載されてる)などは国賊である。
    だいいち、この問題、これから渦中に投げ込まれ、イノチが脅かされる公算大。
    (どーでもいい、責任はみんなにある、とかいってるやつほど、イザ尻に火がつくと泣き叫ぶのも世の常だが・・こんなのと心中したかねーよ)
    http://wwwsoc.nii.ac.jp/aesj/snw/media_open/document/nhk_kougi120112.pdf

  13. ご参考に
    「除染」問題はきめ細かく対応すべし===「退避」に前向きな意義づけを
    http://diamond.jp/articles/-/16480

    コミュニティ崩壊を食い止める工夫が必要
    前向きにふるさとを離れる制度の整備が急務――
    山川充夫・福島大学うつくしまふくしま未来支援センター長インタビュー
    diamond.jp
    今、福島県の双葉郡では、町を出る決断をした住民が「町を捨てた」と後ろ指を指されるような雰囲気があるという。山川充夫・うつくしまふくしま未来支援センター長は、被災者が前向きに町を出られるよう、支援する仕組みが必要だと指摘する。

  14. コメント12の方へ、ご参考に。

    ◇被害者意識から加害の自覚へ

    ―― 被害意識から運動が始まるとしても、その意識をどう発展させられるかですね。

    大西: そうですね。最初の意識は、被害者であっても構わないと思います。
     被害者の自覚も大事です。ただ、そこから、自分は加害者でもあったんだということへの気付きが大事です。
    被害者意識に留まったら限界になります。
     被害者意識から始まって、加害性に気づいていくのですけれども、実は、さらに、そのあとが重要ではないかと思っています。
     昔あったような総ざんげに陥ったら、今度は、責任を不在にしてしまうんですね。
     本当の次の段階というのは、「自分たちにも加害責任があるんだ」と気づいたら、「では何をしたらいいのか」というときに、本当に戦争犯罪人を自らの手で裁くことだったはずです。
     

    ―― そう。東京裁判ではなく人民裁判。これができなかったのが戦後の敗北の原点。

    大西: そうなんです。人民裁判なんです。
     一人ひとりと対話して問いかけていけば、「自分たちも共犯者だったんだ」という意識にはなると思います。
    だけど、「では誰が悪いんだろう?」ということで、本当の原発推進派が、結局、曖昧にされてしまうということになりかねない。
     そこで、3段階目。被害者意識が第1段階、加害者性の自覚が第2段階だとすれば、そこから国民総懺悔ではなくて、「本当の犯罪者をきっちりと人民の手で裁きましょうよ」という動きにもってかなくちゃいけないと思います。
     今は、まだ、第一段階の「自分達は被害者だ。ああ、東電ひどい」という形で進んでいる状況です。
    http://fukushima20110311.blog.fc2.com/blog-entry-54.html

  15. >14さま、
    捕捉ありがとうございます、

    福一事故は収束どころか、次の巨大地震で4号機建屋は倒壊し使用済核燃料や汚染水がぶちまけられる危険が依然とあるさなか、自己原因の究明も、建屋補強も、燃料棒の取り出しもされず(来年12月から実行する、らしいが)、それどころか、さらなる原発推進を言う狂気のリーダーがそこかしこに出没している現状には暗澹。

    被害者でもない加害者でもない無関心者にポジションを置く層が一番多いことも事実(この件だけでなく)、だから人民裁判は絵空事でしょうナー、

    全然ハナシは転じますが、動物の腸の中には数兆個の菌が居て、大別すると善玉菌、悪玉菌、日和見菌と。一番多いのは日和見菌で、体調が悪いと、この日和見菌は悪玉菌に変身する(変身するから体調が悪化する、のか)。
    まぁ、カミ様のお告げ(日月神示等)では、まだまだ悪くなる、そうですから・・いのち在る限り気長に見てよう、但し、ヘンだ、オカシイと思う事には声を上げる、
    そんな今日この頃・・・

  16. 追記)
    明確な加害者:被害者は、おとな:こども。

    すでに何処に書いたことだけど、戦時中でも、国策で都会の子供は都市爆撃から避難させるために疎開させた。
    被曝地の子供たちを(強制でなく、任意選択できる)疎開システムがナゼできないのか?
    20ミリシーベルトの環境に置く国策は全くオカシイ。

  17. >16
    賢い親は、自分で判断し子供とともに福島を離れています。

  18. ↑>17
    賢くない、てゆーか、バカの書き込みの典型例。
    おまえは、被災地で、様々な事情で残ってる人達を愚弄するのか!

  19. >18
    チェルノブイリ周辺では、事故後25年たっても、立ち入り禁止です。

    残っている人を愚弄する気は毛頭ありません。
    何を第一優先に考えるかだけです。個人の判断が大切です。
    故郷を捨てることを「逃げたと」非難されても、それを選択した親が賢いといっているだけです。
    10年後に結果が出るでしょう。

  20. 逃げたくても逃げられない様々な「事情」がある。
    「逃げた」と言われる自主避難の人も、家族の分断や、生活苦や、孤独感、罪悪感、やり場のない怒り、等々で、とても苦しんでいる。本当に難しい、辛い状況です。
    先日、私の住む逗子の地元で、福島市出身の若い(幼児の父)NHKディレクターの話を聞きました。
    彼の親や親族や友人たち大勢が、福島で暮らしています。果樹園の跡継ぎは、早い時期に北海道へ逃げて、そちらですでに農業を始めていますが、彼の両親は、長年手塩にかけた果樹園を守って、例年通りの仕事を続けています。息子がいなくなって、仕事は厳しいが、放射能の影響はほとんどない収穫ができた。しかし、売上は激減している。
    戦時中の学童疎開には、非常に辛い面があった。親子が引き離されたのですから。
    疎開先でのイジメも酷かった。どういう方法も、長短あります。
    戦争の爆撃の被害は目に見えるが、放射能の害は、何年も経って、出るか出ないか、放射能の影響かどうか、因果関係の証明も難しい。
    私の夫はヒロシマの入市被爆者で、おそらく内心に不安を抱えながら生きていたでしょう。
    68才の時に肝臓がんの末期だと言われましたが、それが原爆と関係あるかどうかは、証明不可能。
    避難すべきか、しないでいいか、「判断」はとても難しい。行政は「線引き」をしなければならないが、どうやっても、誰かから不満が出る。苦しいところです。
    くだんのNHKディレクターは、自分が原発被害の当事者になってみて、初めて、被災者の気持ち苦悩が分かった、沖縄の基地問題、水俣などの公害問題、ようやく本当のところが分かってきた、今までは上っ面の理解しかしていなかった、と言っていました。

  21. http://www.nhk.or.jp/etv21c/file/2011/1009.html
    昨年8月15日に福島市内の公園で開催されたロックフェス。なんと勇敢な!
    福島出身者としてそのプロジェクトに参加して経緯を取材し、ETVの番組にしたのが湘南に住む彼。昨年10月に放映されました。ロックフェスには、原発で働いたことがある若者も。その青年の父親は、今も福島第二で泊り込みで働いている。事情は複雑です。

  22. >20
    選択肢が多様である。確かに。
    だから個人個人の判断が重要では?
    それが言いたかっただけです。

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