平山郁夫追悼展「武家の古都鎌倉での足跡をたどって」を鑑賞
◇2009年12月に逝去した日本画家平山郁夫の追悼展2012年4月20(金)から5月7日(月)まで鎌倉市主催の平山郁夫追悼展があるというので、鎌倉芸術館ギャラリーまで出かけた。
平山郁夫は、1930(昭和5)年6月15日広島県(現尾道市)生れの日本画家である。1972(昭和47)年から鎌倉二階堂のアトリエで創作活動を行い、35年後の2007(平成19)年に鎌倉市の名誉市民となった。鎌倉を本拠地とするこの間の創作活動が評価されたものである。名誉市民となった2年後の2009(平成21)年に、今回と同じ鎌倉芸術館ギャラリーで鎌倉名誉市民を記念する「平山郁夫展」を開いたが、残念なことにその年の12月2日に亡くなった。
今回の追悼展は、「武家の古都鎌倉での足跡をたどって」とのタイトルで、日本画家平山郁夫の創作活動と人柄を追悼するために特別に開催されたものである。主催は鎌倉市で、企画は公益財団法人平山郁夫シルクロード美術館である。
◇「武家の古都鎌倉での足跡をたどって」
この追悼展では、青年時代の作品からはじまり、晩年の最高傑作「平成洛中洛外」を含む50点と特別出品の2点が、ギャラリーの全室を使って展示されている。作品群は、平山郁夫の活動をたどりながら鑑賞できるようにと、制作年代に沿って5章に区分けされて並んでいる。最後の5章は、追悼展の副題ともなっている「鎌倉での足跡」で、平山郁夫の偉大な創作活動を支えた、鎌倉の由緒を描いた作品群の展示である。
「第1章青年時代」のコーナーでは、1943(昭和18)年頃から1953(昭和28)年間に描かれた小作品18点が展示されている。1番目の作品は、1943(昭和18)年頃とあるので、13歳頃の制作である。この時代の小作品18点を見る限り、いろいろな画題がいろいろな技法で自由に描かれていて、才能のひらめきには驚かされるが、その後の「仏の道を求めて」という生涯の画題についての芽生えを伺うことはむずかしいように思われた。
「第2章仏の道を求めて」のコーナーでは、1962(昭和37)年から1964(昭和39)年の間に描かれた作品4点と特別出品の受胎霊夢(小下図)が展示されている。展示作品すべてが下図であるところが面白い。1番目に受胎霊夢(大下図)があり、特別出品として同じ画題の受胎霊夢(小下図)も展示されているではないか。創作に対する意欲と真剣さを読み取ることができた。ここでは仏教を生涯の画題とする決意が作品をとおして明示されているように思われた。
「第3章シルクロードの旅路」のコーナーでは、1976(昭和51)年から1997(平成9)年の間に描かれた作品11点が展示されている。ここでは展示作品すべてが素描であるところが面白い。遠くギリシャ、ローマに至るシルクロードを旅して描いた素描である。素描をとおして平山郁夫がいつも大作の構想を練っていたであろうことに思いを馳せることができた。
「第4章日本の風景―平成の洛中洛外―」のコーナーでは、2003(平成15)年から2005(平成17)年の間に描かれた作品10点が展示されている。10点すべてが本画である。日本の風景を生涯の画題「仏の道」に位置付ける形で描きこんだ作品群である。高い精神性が感じられ、圧倒されるものがあった。人物画の一点「西陣山口翁(99歳)」が異彩を放っている。
「第5章鎌倉での足跡」のコーナーでは、1978(昭和53)年から2009(平成21年)年 の間に描かれた7点が展示されている。素描と「スケッチブック」とある。「瑞泉寺」と「朝比奈切通」の2点がスケッチブックの中の作品という意味である。特別出品の「ブルーモスク」については、「下描(紙に鉛筆) 2009年(平成21)年 未完成」とある。未完成ゆえに、前に立って一層追悼の気持が高まった1点である。
◇結実した前人未踏の偉業
平山郁夫は、今回の追悼展のテーマが示しているとおり、「仏の道を求めて」歩き、「シルクロードの旅路」をとおして画業を生涯追求した画家である。会場に設けられた説明書きによれば、シルクロードへの旅は生涯で140回以上に及んだという。素描を鑑賞しつつ、シルクロードの旅路は時には過酷な旅だったのではないかと思った。私にとって追悼展は、平山郁夫の旅のすべてが、精神性の高い絵画として結実していることを実感できる機会となった。
印象派のモネーは、水連池を自ら設計、造園し、そこを画題とすることで多くの作品を残しているが、日本画家平山郁夫は、広大なシルクロードを探訪することで多くの作品を残している。2人の画家が追求したものは自ずから異なる筈なので、この2人の対比には無理があるように思われるが、私の頭にはこの対比がいつまでも残って離れない。
展示作品の中で、私が今回特にひかれたのは「第4章日本の風景―平成の洛中洛外―」のコーナーに展示されている4点である。
浄土幻想 日野法界寺:紙本彩色(本画) 2005(平成17)年 112.0×162.0
浄土幻想 宇治平等院:紙本彩色(本画) 2005(平成17)年 112.0×162.0
平成の洛中洛外(左隻):紙本彩色(本画) 2004(平成16)年 183.0×362.0
平成の洛中洛外(右隻):紙本彩色(本画) 2003(平成15)年 183.0×362.0
「浄土幻想」の2作品は、本尊を前に描き、後ろに建物を描いた幻想的な作品である。次元を超えた構図である。ピカソにも見てほしい、と一人思った次第。
「平成の洛中洛外」は、左隻では二条城を、右隻では京都御所を中心に描き、遠景に現代の都市を描いている。これもまた次元を超えた構図である。中心の主題が過去、遠景が現在で、漂う空気で未来を描いたのではないか、とひとり思った次第。会場の説明文には、長い構想の下、5回のヘリコプター取材も行って制作に臨んだ、とある。「晩年の最高傑作」と言われているものである。
受付で、追悼展の目録とともに「平山郁夫シルクロード美術館」の案内書を受け取った。八ヶ岳高原(山梨県北杜市)に2004年7月にオープンした美術館である。是非行ってみたい美術館だと思いながら追悼展を後にした。
鎌倉市名誉市民を記念する「平山郁夫展」へ
平山郁夫シルクロード美術館
以上
大船観音の見えるところに住み、水彩画、テニス、PC、記事投稿を趣味にしている。文化、芸術・芸能、環境問題などを中心に記事を投稿してみたいと思う。
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