「企業の戦争責任~中国人強制連行の現場から」を読んで
日本政府は戦争末期、戦争に取られた日本人労働力不足を朝鮮人で補ったがそれでも足りず、政府は1942年「華人労務者内地移入に関する件」を閣議決定した。
そして、企業は必要労働者数を「日華労務協会」に申請したが、実態は軍による強制連行による日本移入だった。
その数、135事業所4万人が強制連行され7千人が犠牲になり、故国へ帰れた遺骨は2345体、放置された遺骨も少なくない。著者はこの135事業を全てを資料や足で確認し、本書にその内の82事業所の実態を事業所別に具体的数字等をあげて報告している。
目次を見ると今も大手を振って稼いでいる大手企業「三井、三菱、住友、鹿島、西松、熊谷組・・・・」これらの企業は何と中国人を犠牲にしてきた事であろか。
彼らは主に塘沽や大連から日本に向かうが、その船内など日本上陸までに11%も死亡し、更に、現場到着後3ヶ月以内に25%が犠牲になり如何に過酷な扱い輸送だったか解る。そして、行きついた先は北海道から九州まで各地の炭坑、鉱山、港湾、ダム工事現場などで強制労働させられた。
彼らは着る物も与えられず、南京袋やセメント袋をかぶり、素足や藁を足に巻いて働く姿を住民が見ている。そして、ろくな食事も与えられず栄養失調による失明者など多数の犠牲の中で労働に耐えられる身体ではなく、棍棒で殴られたり足のない遺体など多くの人が犠牲になった。
この地獄のような現場から逃げるため逃亡・脱出を試みたのは、何も秋田の「花岡鉱山」ばかりではなく、各地で起きたが地理も分からず成功する訳は無く多くが制裁を受けた。
室蘭では5事業所に1861人が強制連行されたが、市民の証言により54年にイタンキ浜で発掘調査され、2日間で125体が確認され、立会の医師が「まだ息のあるうち放り込まれた」と認定した遺体もあったとプロローグで紹介している。室蘭での死亡率は30.3%だが、他に朝鮮人約3000人が強制連行され、1000人が逃亡したというが、死者などはよく分かっていないという。
殆どの事業所で死亡率が数十パーセントで、有名な秋田の鹿島組「花岡鉱山」の死亡率は42.3%だが、一番死亡率の高いのは静岡県西伊豆町の戦線鉱業株式会社の「仁科鉱山」で何と52%という。
日本はこの侵略戦争でアジア、特に中国の一般市民の多くを虐殺したが、所謂「三光作戦」のみならず、日本国内でもこの様な多くの虐待・虐殺をして来た事を忘れてはならない。
それでも中国政府は賠償を放棄し、更に「軍事裁判」でも一人の無期も死刑を出さなかった「寛大措置・赦し」を日本人は肝に銘じるべきである。
この「強制連行」を策定した岸信介(当時、商工大臣、A級戦犯)は戦後首相になったが、この国の意識レベルを示している。
記者HP:http://serinobu.jimdo.com/
【生育】1941年・東京生れ、埼玉在住
【影響を受けた人】「宮澤賢治、田中正造、杉原千畝、林竹二、・・・・」
【関心テーマ】「冤罪・教育・平和・福祉・労働」など
【趣味】「旅、山登り」
【市民記者登録】2004年


