〈柔道〉死亡事故・文部科学省が負うべき2つの課題

※文部科学省 「学校等の柔道における安全指導について(依頼)」

こちら⇒ http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/nc/1295840.htm

 

文部科学省・旧庁舎。後方には地上33階建ての新庁舎(東館)がそびえ立っている(撮影・三上英次 以下同じ)

文  部  科  学  省

スポーツ青少年局企画・体育課長

有 松 育 子 様 

 

拝 啓

 さきの「柔道事故と脳損傷」シンポジウムでたまたま同じ会場に居合わせたという、ただそれだけの理由で筆を執らせて頂くご無礼、ご容赦下さい。

 去る7月14日付で出された「学校等の柔道における安全指導について(依頼)」(以下《依頼》と表記)を拝見し、私は隔靴掻痒の感を禁じ得ませんでした。同時に、これだけ学校現場で子どもたちが命を落としたり、重篤な後遺症に苦しんだりしている中で、《依頼》にかかわる文部科学省の担当者の方々は、今の学校現場を何が何でも改善して行こうとされているのか、柔道世界選手権大会を連覇した元柔道選手が言ったような「今まさに目の前で起きている現実を注視して、柔道の安全性向上を考えていかなければいけない」という危機意識をお持ちなのか――、些か不安も覚えました。

 その理由を考えてみたところ、《依頼》に書かれた内容は、ほかのどの運動種目についても当てはまるような、きわめて抽象的なものであることに気づきました。4項目ある中で、1ケ所のみ「受け身」という言葉があるために、それを読めば、「柔道」に関する文書とわかりますが、そこの「受け身」を「基本動作」と言い換えると、《依頼》で言われていることは、あらゆるスポーツ指導に関するごく一般的な注意事項になってしまうのです。

 実際に、《依頼》にある(1)から(4)を、1ケ所「受け身」とあるのを「基本動作」に改めて、下に書き出してみます――。

 (1)指導の前に児童生徒等の健康状態について把握するとともに、指導中の体調の変化等に気を配ること。また、児童生徒等が自身の体調に異常を感じたら運動を中止することを徹底させること。

(2)指導に当たっては、児童生徒等の技能の段階に応じた指導とすること。特に、初心者には、基本動作を安全にできるよう指導を十分に行うとともに、その動作に注意を払うなど、十分な配慮を行うこと。

(3)施設や用具等の安全点検を行うなど練習環境に配慮すること。

(4)事故が発生した場合の応急処置や緊急連絡体制など対処方法の確認と関係者への周知を徹底すること。」

 どうでしょうか…?上の(1)から(4)は、すでにどのスポーツにも当てはまる、ごく当たり前の、そして最低限のことがらです。ですから、新たに始めるスポーツ事業での「理念」の提唱、何かの宣言の類いとしてならよい表現だと思います。述べられていることについては、「総論」として誰もが共通に理解できるからです。 

 しかし、それらの文言は、過去27年で100名を超える児童・生徒が柔道の授業や部活動中に命を落としているという現実に対して、どれほどの力を持ち、学校での指導に当たる教員(指導者)にとって、どれほどの具体的な安全策になり得るでしょうか。教育行政に詳しい私の友人は、今後もさらに増え続ける学校での事故に対して、「文部科学省としても、事故を真摯に受け止め、関係各位に依頼や通知を出してはいるのですが・・・」と釈明する時の“証拠”として役立つに過ぎないと喝破していたのは、何とも残念です。

 文部科学省に課せられた責務は、次のふたつの問題をどうするのか――ということに尽きています。その2つを放置すれば、子どもたちはこれからも命を落とし続けるか、あるいは重篤な障害を負ったまま生きて行かなければならなくなるか、いずれにせよ回復しがたい重大なダメージを発生させるということを、どうか考えて頂きたいと切に願うものです。

〔1〕ひとつは「柔道をやったことのない体育科教師」に、これからも体育の授業で柔道の指導をさせるのか――という問題です。

 私の近くに弓道を修めている者がいます。その友人に「弓道をやったことのない人間でも、弓道の指導ができるだろうか?」と聞いてみました。言下に、彼は「できるわけがない」と答えました。「ボクシングの未経験者が、ボクシングの指導をしたら危なくはないだろうか?」――そう聞き返されて、私は「たしかに危険だ」と言うにとどまり、それ以上会話を続けることができませんでした。

 合気道の大家、塩田剛三(1915~1994)氏に師事した安藤毎夫師範に、これまでの修行歴をお聞きしたことがあります。内弟子生活も含めて、ご自身の修行、そして指導的立場になってからのご苦労は並々ならぬものがありました。合気道に比べて、柔道の指導だけが簡便であるとは、私には思えません。たとえ、「学校教育における柔道の指導」と限定しても、生半可な知識や練習経験からでは、とても安全な柔道指導はできないと思います。

 古来、「畳の上の水練」ということが言われます。それを今ふうに表現すれば、実際に汗水たらして練習せずに、書籍を読んだりDVDを見たりするだけで、あるスポーツや武道を習得しようとする姿勢をきつく戒めたものと言えそうです。「柔道未経験の体育教師による柔道指導」とは、まさに「畳の上の水練」を地で行くようなもので、このような教師の下での柔道指導はたいへん危険だと思われます。

 また、別の観点から述べれば、「柔道未経験の体育教師、もともとはサッカーやバレーボールを専門にやって来た体育教師でも、数回の研修を受ければ柔道の授業がすぐにできるようになる」と考えるのは、結局、柔道という武道を馬鹿にしている、軽視しているからだ――という批判も聞こえて来そうです。「武道必修化」を定めながら、その実(じつ)、指導するのは、柔道未経者というような事態は、文部科学省をあげて改善すべき喫緊の課題であることは明らかです。

〔2〕もう一つは、部活動等での、暴力を容認する指導者の限度を超えた“指導”(しごき)を、どのように防止するかという問題です。 

 部活動中の個々の事例を見ると、柔道の教育的意義をまるで考えず、単に試合の勝ち負けしか眼中に無く、精神的にも未熟な教員によって、多くの死亡事故が引き起こされています。 

 《依頼》の4番目にある「事故が発生した場合の応急処置や緊急連絡体制など」も、これまでの事故を考えれば大切なことかもしれません。しかし、それにもまして大切なことは、絶対に事故を起こさないこと、「事後対応」を徹底するのではなく、「事前予防」を何よりも現場で徹底することが必要なはずです。その具体的防止策について、《依頼》は全く言及すること無く、ただ抽象的に「お題目」を唱えているに過ぎません。

 

【写真A】文部科学省・資料室(情報ひろば)に展示されている、初代文部大臣森有礼が明治19年に教育行政に携わる者の心構えを記した「自警」(レプリカ)。内容については下の【写真B】を参照のこと

 総論や理念としては、なるほど、誰からも文句は出ない、あの《依頼》対して、「文部科学省側は、基本的な原則を打ち出すのみ、つまり〈総論〉のみ言えば足り、〈各論〉に当たる具体策は、各教育委員会が考えていくべきだ」という意見も予想されます。

 ところが、文部科学省は「柔道事故」以外の場合には、かなり具体的な指示を出しています。例えば、携帯電話の校内への持ちこみ、不登校児童生徒がメールやファックスを使って学習をした場合の出席扱いについて等がその一例です。

 携帯電話でも、不登校でも、死者は出ていません。死者は出ていなくても下に紹介するように、文部科学省は、きわめて具体的な通知を出しているのです。かたや体育の授業、部活動中の練習で、多くの子どもたちが亡くなっています。今後、死者を出し続けないために、どうか、実効性のある声明(=通知)を出して頂くことを強く期待します

 文部科学省が最近出している、具体的内容のある「通知」の例 

例1 「携帯電話について」

「1 携帯電話は、学校における教育活動に直接必要のない物であることから、小・中学校においては、学校への児童生徒の携帯電話の持込みについては、原則禁止とすべきであること。

2 携帯電話を緊急の連絡手段とせざるを得ない場合その他やむを得ない事情も想定されることから、そのような場合には、保護者から学校長に対し、児童生徒による携帯電話の学校への持込みの許可を申請させるなど、例外的に持込みを認めることも考えられること。このような場合には、校内での使用を禁止したり、登校後に学校で一時的に預かり下校時に返却したりするなど、学校での教育活動に支障がないよう配慮すること。」

(2009年1月30日 文部科学省「学校における携帯電話の取扱い等について」) 

「近年児童生徒の間に急速に普及している携帯電話を児童生徒が学校に持ち込み、授業中にメール等を行い、学校の教育活動全体に悪影響を及ぼすような場合、保護者などと連携を図り、一時的にこれを預かり置くことは、教育上必要な措置として差し支えない。」

(2007年2月5日 文部科学省「問題行動を起こす児童生徒に対する指導について」) 

例2 「不登校児童生徒のメール等を使った学習について」

 平成17年7月6日付で「銭谷眞美文部科学省初等中等教育局長」から出された「不登校児童生徒が自宅においてIT等を活用した学習活動を行った場合の指導要録上の出欠の取扱い等について」という長い表題の通知があります。ここでは、ある一定の条件(7つ)を満たせば、不登校児童生徒のメールやファックスのやりとりをした学習活動についても、「出席扱い」にできるということが明記されています。 

例3 「授業態度の悪い生徒を廊下に出すことについて」

 これまでは「授業に遅刻したこと、授業中学習を怠けたこと等を理由として、児童生徒を教室に入れず、または教室から退去させ」ることは、「義務教育における懲戒の手段としては許されない」とされてきました。

 ところが、その考え方を一変させる「通知」が2007(平成17)年2月5日に文部科学省から出されました。それが「問題行動を起こす児童生徒に対する指導について(通知)」です。

 そこでは、それまで教育現場の原則としての「児童懲戒権の限界について」(昭和23年12月22日付)の内容を大きく変更する指針が示され、たとえ授業時間中であっても、ある条件下では「教室からの締め出し」「児童生徒を廊下に出すこと」が懲戒行為として認められるようになりました。

  上記、例1~例3に合わせて、柔道の指導についても、通知を出すとしたら、どのような内容にすべきでしょうか。《依頼》で4点挙げられているのに合わせて、私も一例として、次のように考えてみました。 

(1)柔道を体育あるいは部活動で指導する者は柔道経験5年以上の有段者とし、各自治体で実施する「指導者実技研修」、及び「救命処置講習」を指導の前年度までに、別に定める時間数を必ず受講すること。 

(2)児童・生徒に対しても、熱中症やコンタクトスポーツに関する脳損傷の知識、体罰禁止に関する法令や通知を学ばせ、児童・生徒自身も、健康及び安全に関する自己管理ができるように指導すること。 

(3)「気合を入れる」「指導の一環」「愛のムチ」と称して、児童・生徒の顔面を含むすべての身体的部位に対して、平手で叩く、拳で殴る、竹刀等で打つ、蹴る、踏みつける、物を投げるといった行為を固く禁止すること。 

(4)児童・生徒の発達段階や当該種目への経験年数を無視した練習の強要を禁止すること。過度の練習が行われることを防ぐために、授業・部活動に関しては前もって「指導計画案」を学校長に提出し、乱取りの有無、筋力トレーニングの頻度や回数などについて前もって了解を得ること。また学期に1回程度は、「指導計画案」を児童・生徒へも閲覧させ、実際の指導と計画とが乖離していないか、確認すること。 

【写真B】文部科学省資料室に掲示されている、森有礼筆「自警」の解釈。書かれてから120年が経つが、その言葉の重みは現代においても変わるところがない。

 2000(平成12)年に施行された〈児童虐待の防止等に関する法律〉は、その後たび重なる改正を経て現在に至っています。当初は、暴力・わいせつな行為・放置(ネグレクト)・心理的外傷を与えるような言動の4つが法律で規定されているのみでしたが、現在は、 「同居人による子ども(児童)への暴力を保護者(親権者)が止めないこと」や、「配偶者間の、ののしりあい」の類いも、法律の条文の中に「児童虐待」の類型として規定されています。

 イギリス柔道連盟の冊子でも、「虐待」の類型について詳しい説明があります。同様に、なかなか多くの関係者で見守りにくい日本の部活動についても、「体罰」に関する具体的に指針を作る必要はないでしょうか。そうでないと、親が「虐待」を「しつけ」と言い換えるように、部活動の指導者の中にも「暴力や体罰」を「指導やしつけ」と置き換えて、そのまま済まそうとする者が出て来ないとも限りません。

 有松課長も出席された先日のシンポジウムで、「柔道はなぜ危険か」というような問いが発せられました。嘉納治五郎師範が心血を注いで創始した柔道は、本当に「危険なスポーツ」なのでしょうか。柔道そのものが危険だとすれば、そのような危険を内在する武道を学校現場で履修させる、すなわち〈武道の必修化〉といった試み自体が、公教育のあり方として極めて不適切ということになるでしょう。私見によれば、柔道そのものは、嘉納治五郎師範はじめ先人の努力によって、老若男女すべてが親しめる武道(スポーツ)として確立されていると考えます。 

 柔道が危険――なのではなく、〔1〕「柔道を十分に指導できない、あるいは柔道をやったことの無い体育教師のもとでの柔道」が危険なのであり、〔2〕「平手打ちをはじめ、生徒への暴力を指導と取り違えている教員のもとでの部活動」から多くの事故が発生しているのです。そして、この2つの課題に対して、率先して学校現場の改善をはかっていくべきは、〈全日本柔道連盟〉という民間の団体ではなく、教育行政の主体である〈文部科学省〉のはずです。 

 僭越なる放言、ご寛恕頂ければ幸いです。

 敬 具

 

2010年 盛夏 

三 上 英 次

中庭に面した、文部科学省(東館)の食堂。天井が高く、一面ガラスの窓は採光もよく考えられている。

 〔関連サイト〕

◎「全国柔道事故 被害者の会」 頻発する柔道事故に対しての緊急メッセージ

http://judojiko.net/news/364.html

◎イギリス柔道連盟作成による「柔道安全指導のためのガイドライン」

http://www.britishjudo.org.uk/policy/childprotection/documents/BritishJudoCPProceduresreleasedAug08.pdf

◎指導者の暴力的指導の一例 (滋賀県の公立中学校の場合)

 http://judojiko.blog58.fc2.com/

〔関連記事〕

◎学校での〈柔道〉死亡事故を考える

 http://www.janjanblog.com/archives/4824

◎「柔道事故と脳損傷」シンポジウム

(前) http://www.janjanblog.com/archives/5779

(後) http://www.janjanblog.com/archives/6104

◎おもてに出なかった〈柔道〉4件目の死亡事故

 http://www.janjanblog.com/archives/7549

◎「柔道・世界王者の挑戦」~ヘッドギア開発まで~

(前) http://www.janjanblog.com/archives/9213

(後) http://www.janjanblog.com/archives/9280

◎合気道・安藤毎夫師範に聞く ~指導者としての道のり~

(前) http://www.janjannews.jp/archives/2687363.html

(後) http://www.janjannews.jp/archives/2703370.html

◎剣道6段が語る、〈柔道〉指導のあり方

(前) http://www.janjanblog.com/archives/12861

(後) http://www.janjanblog.com/archives/13209

◎嘉納治五郎と柔道ルネッサンス

 http://www.janjanblog.com/archives/14009

◎柔道と人間教育 ~試合会場から~

(前)http://www.janjanblog.com/archives/14554

(後)http://www.janjanblog.com/archives/14593

◎柔道部 〈死亡事故〉の背景

 http://www.janjanblog.com/archives/15509

◎報道されなかった、ある柔道部員の死

 http://www.janjanblog.com/archives/17262

 

 

 

 

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pen5362@yahoo.co.jp (三上英次/現代報道フォーラム)

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